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八坂Rocketstove WS報告  …そして今日も美術家は面倒くさい奴だと思われる

師走の慌ただしさなんて吹っ飛ぶぐらい次から次へと色々なことが起こった12月。
あと数日すれば今日が明日へと変わるのと同じように今年が来年へと変わってしまう。

既にだいぶ前のことのような気がするけれど、12月17日・18日の両日に開催した『八坂塾inわくわく堂;Rocketstoveワークショップ』は、主催者でもある、わくわく堂の遠藤由クン・朋ちゃんのおかでげで、約20名もの方々が参加…有意義で充実したWSとなった。
WSの何が有意義だったのか…ということについて、自分自身が忘れないよう書き留めておきたいと思う。
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ただBlogという性質上、文章では伝えづらくともそれ以外方法は無い…となると頼れるものは、稚拙ではあっても文字そのものが放つエネルギー量に期待するしかない。
ここで私が選んだ生き方…Artを強制したり押しつけたりするつもりは無いけれど、既に私にはArtが放つエネルギーを互いに交換することぐらいしかできなくなっているような気がする。
ここまで読んで、???…なんのこっちゃわからへんわ…と思われたら、この先へは無理をして読み進まないことをお勧めする…。

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“Share”という感覚

今回のWSを通じて私が最も強く感じたのは、“Share”という感覚について。
ShareあるいはSharingについては、長く暮らしていた東京都国立市で行ってきたPlantereCottageという場づくり以来考え続けてきた難しくもとても大切なテーマでもある。

Shareを言葉や文章として語ることは極めて難しい。
その理由について私は、Shareとはそもそも感覚共有されるものであるからだと考えている。

私は、少し前にalternativeについても同じように感覚として共有されるものだと言ったけれど、私たち一人ひとりに備わっている感覚とは、この世界に存在するありとあらゆるものが発する生命エネルギー…それは振動を伴っていて、その振動を感知するためにこそあると思っている。
私たちはこの世の生命エネルギーの送信機であり受信機でもある。
振動はそれぞれ個別、独自の波動を持っているのだが、様々なタイミングで互いの波動が同調することによってより強力な生命エネルギー振動体へと変化する。
この波動の同調による振動共有が“Share”であり、私たちは本来、その“Share”を感覚として捉えることができるはずなのだ。
ようするに、Shaerとは何か?…なんていう野暮な会話はいらない。
“Shareされている…”と感じようとすることこそがまずは大切なのだ。

この感覚にとって自らの内に沸き起こる“気付き”は欠かせない。
“Shareによって育まれる気付き”が連鎖し循環する暮らし…生き方。
それは今といういう時代においては…とても難しい生き方、暮らし方…だと思われがちだ。そもそもそんな生き方や暮らし方は理解不能…イメージできない生き方かもしれない…。
それは貸し借りの関係とは全く異なるものだ。所有物や経験を分かちあう…という行為が介在するにしても…それだけではShareにとっての本質的な何かが足りない。
Shareすること…されることによって双方に…あるいはその場を共有している人々の内に“気付き”が起こるかどうか…その気付きは次の気付きへと繋がり、繰り返され、途切れることなく、やがてまた自分の内に起こる気付きへと連鎖する関係性…。
Shareが気付きに繋がるかどうか…は最も大切なことだ。


私たち(小池マサヒサ&つねこ)がPlanterCottageというアートプロジェクトを始めたのは1999年3月、私たちがRIKI-TRIBALという屋号を用い始めたのもこの時からだ。
2008年にRIKI-TRIBALの拠点が長野市に移転するにあたって、PlanterCottageは仲間たちが徐々に引き継ぎつつ運営は継続されてきた。
ただ残念ながら、先日大家さんより連絡があり、建物の安全性を再検討した結果、老朽化は如何ともしがたい…との判断によって、来年4月を持って、PlanterCottageを含む借家である建物全てが解体されることになった。
これによって日々1年更新を繰り返しながら継続してきたPlanterCottageという13年間続けてきた場づくりは終了する。

本当に多くの繋がりを私たちにもたらしてくれたPlanterCottageという試み。
ただ、この場づくりはそもそも、単なるArt作品をつくろうとしたわけではなかったものの、だからと言って、何の為とか…誰の為とか…というさして目的も持たずに始めてしまった…に近い。

PlanterCottageをつくり始める前…
Artを覆う経済構造に疑問を感じていた自分は、マーケットの為につくっているわけではない…とは言え何の為につくるのかわからないままに…「これからは美術館とか画廊のために作品はつくらない…展示もしない…」などと息巻いてみたりして…結果的にはArtの本流から確信犯的に落ちこぼれていった。
でもそれはArtを止めるということでは無かった…というよりもむしろ、自分の中にある“つくりたい”という想いは日々増大してゆく。
その一方では、美術館でも画廊でもないところでつくる意味とはいったい何なのだろうか…という大きな疑問を抱えることになった。

そんな中で自分を強烈に揺り動かしたのがclimbingとの出会いだった。
climbingは自分を揺り動かす想いの原点には何があるのかを知るには最善の方法のような気がした自分は、一気にclimbingにのめり込んでいった。
…が、クライミングしすぎで肘を故障し、どうにも休養せざるを得ない状態に。
それでもクライミングあきらめきれなかった私は、ならリハビリを兼ねて岩壁探しにでも…と妻を伴って南国フィリピンの離島…パラワン島へ。
その島の最北の街…エルニドではクライミングらしいクライミングはできなかったけれど、短いながらもそこでの暮らしを通じて自分の中の何かが解き放たれてゆくような気がした。
…それ以来、今も私はエルニドで感じた気配を追い求めているような気がする。


所詮私にできること…といってもやはり既に私にはArtしか思いつかなかった。
そうして、ある意味リハビリを兼ねてつくり始めてしったのがPlantereCottage。
PlantereCottageをつくって後悔することは何も無いけれど、ただ一つ、想像できていなかったことがある。
それは、つくるだけなら簡単だった…ということ。
だが時は既に遅かった…
あの時、天井板をぶち抜いたあの瞬間が途切れることなく現在まで延々と続くことを当時の私には想像できていなかった。

つくることは簡単…されど継続することの難しさを身を持って感じ続けた10数年間…。でも、PlantereCottageがあったからこそ、考え続けられたし、こうして今もつくり続けることができたのだとも思う。
そうした日々があったからこそ、こうして私たちが『いまここ』…長野市に暮らすことにまで繋がった。
そんな日々…PlantgereCottageという場づくりを続けながら考え続けてきたこと…。それが“ArtをShareすること”場としてのArt…場をShareすること”


八坂の山中に集まった皆が感覚として共有できていたものがあるとすれば…。
それは“未来”であったような気がする。
今…場を共にすることでそれぞれの未来がShareされいた…と言っても良い。

この人たちとこれからを共に歩みたい…と感じられる場…
そこにはなんとも心地良い気が満ち溢れていた。
こうした場が繋がり広がってゆければ、この息苦しい世界は少しづつ…だけど確実にシフトすると私は信じている。

                 小池マサヒサ 記

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by cafe_mazekoze | 2011-12-27 14:25 | ロケットストーブ | Comments(0)
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