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雪山へ

雪が積もったらピスを雪の山に連れてゆこう…と娘と約束をしていた。
ほんとうは先週にはその約束を叶えるつもりだったのだけれど、自分が入院してしまっこともあり、自分の退院祝いも兼ねて娘とピスと一緒に雪の積もった山へと向かった。

雪山とは言っても本格的に登山するような雪山ではないし、雪のある平坦な森をちょっとだけ散歩する程度。
このあたりは例年に比べると積雪は少ない。
それでも、白い雪で一面が覆わてできる地面の起伏、地面の白と空の白を繋ぐように伸びる木立、時折空から舞い落ちてくる雪…静寂…雪の匂い、それらどれもが、冬の森ならではの美しさを際立たせている。
どの季節の山も森もそれはそれで美しい。
でも、雪に覆われた冬の山、冬の森の美しさは私にとっては別格だ。

一か月前に同じ場所に来た時は、まだ秋の気配も残っていからだろうか…地面の匂いを嗅ぎながらウロウロしていたピス…。

雪の上に出たとたんに駆け出していた。

                                       小池マサヒサ 記

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by cafe_mazekoze | 2011-12-31 12:28 | 森とか山とか | Comments(0)

12月も終わりに近づき

今年も残すところあと3日。

この12月はいろんなことがあった。
自分の父親が8日に亡くなり、そして夫が先週病院に入院した。
今月は病院を行ったりきたりの私。

そして、なんだか気持ちはちょっと宙に浮いているようなこの一ヶ月。
ちゃんと落ち着きたいと思いながらも気持ちはフラフラ。神経衰弱ぎりぎりの女たちという映画があったけど、そのタイトルとまったく同じ状態かも?と思う。

お正月は実家の母や姉と一緒に過ごしたかったけど、夫の状態も心配なので長野でのお正月にして、またもや気持ちはフラフラ。
自分の思うように事が運ぶと思ったら大間違いかもしれないけれど、少しは思うように運んでほしいと思ったり。

深呼吸をして、いいことだけをイメージしてみる。
そうしたら犬のピスに思いっきり鼻をかまれた。
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by cafe_mazekoze | 2011-12-29 23:26 | 出会ったコト・ヒト・モノ | Comments(0)

普段どおりに??

「診たところ、初見とはあまり変化はみられません」
という診断 (悪くはなっていない) をもらって、一時退院することができました。

ご心配、ご迷惑をおかけしてしてしまい申しわけありませんでした。
とりあえずは、この年末年始は、普段どおりの生活で良い・・・と言うことで、
家におります。
CafeMAZEKOZEの営業はお休み とさせて頂いておりますが、
善光寺への初詣などで門前にお越しの際は、お声をかけて下さればと思います。

取り急ぎご報告まで。

小池雅久

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by cafe_mazekoze | 2011-12-29 13:31 | RIKI-TRIBAL | Comments(2)

何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる


『神社の人民に及ぼす感化力は、これを述べんとするに言語壮絶す。いわゆる
「何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」ものなり。
似而非神職の説教などに待つことにあらず。
神道は宗教に違いなきも、言論理窟で人を説き伏せる教えにあらず。』


上の文章は、明治45年、明治政府による神社合祀に対し、南方熊楠が神社合祀反対運動への協力を求めて東京帝国大学農学部教授であった白井光太郎氏に宛てた書簡文中の一文

(現代語訳)
「神社の人民に及ぼす感化力は、これを述べようとすると言語が途絶する。いわゆる
「何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」ものである。
えせ神職の説教などを待つことではない。
神道は宗教に違いないが、言論や理窟で人を説き伏せる教えではない。」

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宗教学者・中沢新一は南方熊楠コレクション「森の思想」(河出文庫)で、この南方熊楠の神社合祀に対する意見書の中のこの部分について次のように書いている。

「秘密儀の宗教は、表象を立てない。何か本質的なものが、自分の前に開かれてくることを、全身で体験するとき、人々は「何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」ような、不思議な感覚につつまれるのだ。それは、言語による表現や解説によるのではなく、神社と神林のトポスがつくりだす、ナチュラルな神秘感だ。人の世界を越えた、畏敬すべき何かの力を感じ取る。このような自然感情が、日本人に謙虚さと落ちつきをあたえてきた。」

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私は神道とは何であるのかを語るほどに神道というものを理解できていない。
神道のみならず、仏教であっても残念ながら同じように答えざるを得ない…。

ただ、熊楠がしたためたこの意見書には、熊楠を通じた神道を知ることができると同時に、熊楠の信じた生き方、熊楠が感じていた生命をありありと感じとることができるような気がしてならない。
それは単に神道という宗教が持つ歴史性や神秘性を守る為だけの行為では無い。
それは熊楠が一生をかけて見ようとしたこの世の全体性…熊楠が見続けた生命そのものの現れであり、この世の全ての生命に対する畏敬の表現であると思うのだ。


そう思いながら、熊楠のこの書簡を読んでみる…。


熊楠は書簡の中で、伊勢神宮を訪れた西行法師が詠んだと伝えられている言葉を引用する。


「何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」



…何がいらっしゃるのかは知らないが、有り難さに涙がこぼれる。



私の何処かで…、
私の感覚の奥底で同調し震えるものがあることを感じる。

いつか何処かでその感覚に私も包まれていたことがある。

それはいつ
それは何処だっただろうか…

私の感覚はそれを覚えている。


熊楠が生きた明治の国家は、記紀神話や延喜式神名帳に名のあるもの以外の神々を排滅することによって、神道を国民のアイデンティティーを形成するための精神的装置にしようというもくろみをもっていた。
日本国家はそのもくろみを、その後、太平洋戦争終結まで持ち続けることになる…。


私たちが生きる「いま」という時代が、熊楠が神社合祀に孤軍奮闘反対したそれ以前の状態に戻ったとは残念ながら思えない。
それどころか…
私たちは森の木々を伐採し、破壊しながら、便利さをという幻想を、ただひたすら追い求め続けている。



何か本質的なものが、自分の前に開かれてくることを、
全身で体験するときはあるだろうか。

人の世界を越えた、畏敬すべき何かの力を感じ取る場所はあるだろうか…。



この世に生きる私たちは本当は誰も皆

「何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」

そんな不思議な感覚につつまれながら生きたいと願っている。

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by cafe_mazekoze | 2011-12-27 22:46 | RIKI-TRIBAL | Comments(0)

八坂Rocketstove WS報告  …そして今日も美術家は面倒くさい奴だと思われる

師走の慌ただしさなんて吹っ飛ぶぐらい次から次へと色々なことが起こった12月。
あと数日すれば今日が明日へと変わるのと同じように今年が来年へと変わってしまう。

既にだいぶ前のことのような気がするけれど、12月17日・18日の両日に開催した『八坂塾inわくわく堂;Rocketstoveワークショップ』は、主催者でもある、わくわく堂の遠藤由クン・朋ちゃんのおかでげで、約20名もの方々が参加…有意義で充実したWSとなった。
WSの何が有意義だったのか…ということについて、自分自身が忘れないよう書き留めておきたいと思う。
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ただBlogという性質上、文章では伝えづらくともそれ以外方法は無い…となると頼れるものは、稚拙ではあっても文字そのものが放つエネルギー量に期待するしかない。
ここで私が選んだ生き方…Artを強制したり押しつけたりするつもりは無いけれど、既に私にはArtが放つエネルギーを互いに交換することぐらいしかできなくなっているような気がする。
ここまで読んで、???…なんのこっちゃわからへんわ…と思われたら、この先へは無理をして読み進まないことをお勧めする…。

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“Share”という感覚

今回のWSを通じて私が最も強く感じたのは、“Share”という感覚について。
ShareあるいはSharingについては、長く暮らしていた東京都国立市で行ってきたPlantereCottageという場づくり以来考え続けてきた難しくもとても大切なテーマでもある。

Shareを言葉や文章として語ることは極めて難しい。
その理由について私は、Shareとはそもそも感覚共有されるものであるからだと考えている。

私は、少し前にalternativeについても同じように感覚として共有されるものだと言ったけれど、私たち一人ひとりに備わっている感覚とは、この世界に存在するありとあらゆるものが発する生命エネルギー…それは振動を伴っていて、その振動を感知するためにこそあると思っている。
私たちはこの世の生命エネルギーの送信機であり受信機でもある。
振動はそれぞれ個別、独自の波動を持っているのだが、様々なタイミングで互いの波動が同調することによってより強力な生命エネルギー振動体へと変化する。
この波動の同調による振動共有が“Share”であり、私たちは本来、その“Share”を感覚として捉えることができるはずなのだ。
ようするに、Shaerとは何か?…なんていう野暮な会話はいらない。
“Shareされている…”と感じようとすることこそがまずは大切なのだ。

この感覚にとって自らの内に沸き起こる“気付き”は欠かせない。
“Shareによって育まれる気付き”が連鎖し循環する暮らし…生き方。
それは今といういう時代においては…とても難しい生き方、暮らし方…だと思われがちだ。そもそもそんな生き方や暮らし方は理解不能…イメージできない生き方かもしれない…。
それは貸し借りの関係とは全く異なるものだ。所有物や経験を分かちあう…という行為が介在するにしても…それだけではShareにとっての本質的な何かが足りない。
Shareすること…されることによって双方に…あるいはその場を共有している人々の内に“気付き”が起こるかどうか…その気付きは次の気付きへと繋がり、繰り返され、途切れることなく、やがてまた自分の内に起こる気付きへと連鎖する関係性…。
Shareが気付きに繋がるかどうか…は最も大切なことだ。


私たち(小池マサヒサ&つねこ)がPlanterCottageというアートプロジェクトを始めたのは1999年3月、私たちがRIKI-TRIBALという屋号を用い始めたのもこの時からだ。
2008年にRIKI-TRIBALの拠点が長野市に移転するにあたって、PlanterCottageは仲間たちが徐々に引き継ぎつつ運営は継続されてきた。
ただ残念ながら、先日大家さんより連絡があり、建物の安全性を再検討した結果、老朽化は如何ともしがたい…との判断によって、来年4月を持って、PlanterCottageを含む借家である建物全てが解体されることになった。
これによって日々1年更新を繰り返しながら継続してきたPlanterCottageという13年間続けてきた場づくりは終了する。

本当に多くの繋がりを私たちにもたらしてくれたPlanterCottageという試み。
ただ、この場づくりはそもそも、単なるArt作品をつくろうとしたわけではなかったものの、だからと言って、何の為とか…誰の為とか…というさして目的も持たずに始めてしまった…に近い。

PlanterCottageをつくり始める前…
Artを覆う経済構造に疑問を感じていた自分は、マーケットの為につくっているわけではない…とは言え何の為につくるのかわからないままに…「これからは美術館とか画廊のために作品はつくらない…展示もしない…」などと息巻いてみたりして…結果的にはArtの本流から確信犯的に落ちこぼれていった。
でもそれはArtを止めるということでは無かった…というよりもむしろ、自分の中にある“つくりたい”という想いは日々増大してゆく。
その一方では、美術館でも画廊でもないところでつくる意味とはいったい何なのだろうか…という大きな疑問を抱えることになった。

そんな中で自分を強烈に揺り動かしたのがclimbingとの出会いだった。
climbingは自分を揺り動かす想いの原点には何があるのかを知るには最善の方法のような気がした自分は、一気にclimbingにのめり込んでいった。
…が、クライミングしすぎで肘を故障し、どうにも休養せざるを得ない状態に。
それでもクライミングあきらめきれなかった私は、ならリハビリを兼ねて岩壁探しにでも…と妻を伴って南国フィリピンの離島…パラワン島へ。
その島の最北の街…エルニドではクライミングらしいクライミングはできなかったけれど、短いながらもそこでの暮らしを通じて自分の中の何かが解き放たれてゆくような気がした。
…それ以来、今も私はエルニドで感じた気配を追い求めているような気がする。


所詮私にできること…といってもやはり既に私にはArtしか思いつかなかった。
そうして、ある意味リハビリを兼ねてつくり始めてしったのがPlantereCottage。
PlantereCottageをつくって後悔することは何も無いけれど、ただ一つ、想像できていなかったことがある。
それは、つくるだけなら簡単だった…ということ。
だが時は既に遅かった…
あの時、天井板をぶち抜いたあの瞬間が途切れることなく現在まで延々と続くことを当時の私には想像できていなかった。

つくることは簡単…されど継続することの難しさを身を持って感じ続けた10数年間…。でも、PlantereCottageがあったからこそ、考え続けられたし、こうして今もつくり続けることができたのだとも思う。
そうした日々があったからこそ、こうして私たちが『いまここ』…長野市に暮らすことにまで繋がった。
そんな日々…PlantgereCottageという場づくりを続けながら考え続けてきたこと…。それが“ArtをShareすること”場としてのArt…場をShareすること”


八坂の山中に集まった皆が感覚として共有できていたものがあるとすれば…。
それは“未来”であったような気がする。
今…場を共にすることでそれぞれの未来がShareされいた…と言っても良い。

この人たちとこれからを共に歩みたい…と感じられる場…
そこにはなんとも心地良い気が満ち溢れていた。
こうした場が繋がり広がってゆければ、この息苦しい世界は少しづつ…だけど確実にシフトすると私は信じている。

                 小池マサヒサ 記

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by cafe_mazekoze | 2011-12-27 14:25 | ロケットストーブ | Comments(0)

振動

起こることがあらかじめわかっている病など無いのはわかってはいても、病という突然が自分に訪れることを素直に受け入れられるほどに自分は成長できてはいない。
時に強がってみたり、何のことはない…と平静を装って日常の生活を続けてはいるものの、頭の何処かで時折、歯車が噛み合わずにカタカタと音をたてて回っているような気がする。

あれから半年以上が過ぎた年の瀬をむかえた今、自分は病院のベットの上にいる。
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数日前からの右目に違和感を感じ眼科の検査をしたところ、医師から緊急の治療を必要とする「網膜中心静脈閉塞症」だと告げられた。
既に発症している病との因果関係はわからない。
またもやの突然で家族に負担をかけてしまうことはなんとも気がかりではあるけれど、放置すると失明に至る可能性が高い状態…と言われては、おとなしく言うことを聞くしか無い。
数日間は点滴と点眼治療が続く。
今はまだ右目はよく見えないまま…
病院のベットの上で今年を…いや、これまでの人生についてあれこれ反省?する絶好の機会が今年のクリスマスプレゼントということだ。

半年ほど前…口腔内に発症した症状についての病名を特定することに多くの時間を費やした。その後の治療方針を方向付ける為に、ようやくつきとめられた病名
「抗ラミニン332粘膜類天疱瘡」
難治難病ではあるが、国が難病と認定し治療費を公的に負担する天疱瘡と類似してはいるものの現在のところは国の難病指定疾患には入らない。
そう言われて難病指定疾患を調べてみれば、難病が細かく分類されてはいるものの、特定難病疾患に指定されるかどうかの基準そのものはよくわからない。
患者の立場からすれば、もちろん治療費はかからなければそれはそれでありがたいけれど、自分以上に辛そうな想いをしている人の病が指定を受けられないでいることは多々あるということだ…。

粘膜類天疱瘡は、自己免疫が体内の特定の抗体に対して誤作用してしまう自己免疫疾患…その根本的な原因は解明されていない。膠原病や癌と言われているものも広い意味からすれば皆、自己免疫疾患ということになる。
自分の場合の抗体はラミニン332と呼ばれるたんぱく質の一種。
生体接着剤とも呼ばれるラミニン332は皮膚細胞間の接着に対して非常に重要な役割を担っているそうだが、最近の研究によって胃癌や肺癌とも深く関係しているということが解明されてきたという。
ようするに、体の各所が必要とする細胞組織間の接着力が自己免疫のある種の暴走によって阻害されてしてしまっている…自分の場合はそれがまず口腔粘膜で発症…ラミニン332が自己免疫によって攻撃されることで、表皮と真皮を繋いでいた接着力が極端に低下してしまっているらしい。
人間の皮膚は、外部にさらされたいわゆる表皮とその内側の真皮から成る。口腔はもちろん、胃の中も肺の中も心臓も…すべてが粘膜によって被われつくられている。
その全てにラミニン332は少なからず関与しているそうで、類天疱瘡は、胃粘膜に対する合併症リスクや目の粘膜への合併症リスクが上がるのが特徴だということだ。
そんな大切な役割を担ってくれているラミニン332なのに、私の免疫はなぜかラミニン332だけを必要に攻撃してしまうのだ。
免疫の暴走を食い止める為には、自己免疫力を低下させる必要がある…けれど、ラミニン332への攻撃を止めるように…と免疫に命令を出すことは難しい。
となると、自己免疫全体を下げることでラミニン332への攻撃力も同時に低下させる…そうしている間に既にできてしまった傷口を塞ぐ…というのが、現在の医学の主流なのだ。
最も大きな問題は、それ以外の病や外部から侵入しようとする様々なウイルスに対する免疫力を全て低下させてしまうこと。いわゆる副作用。
例えば風邪…たかが風邪されど風邪。自己免疫疾患という病を抱えた人々にとって風邪は大敵だ。
それ以外にも薬を使う以上は副作用は必ずある…。
もちろん、漢方を始めとする東洋医学や様々な自然療法など、現代医学の主流である西洋医学以外の選択肢もあるだろう。そうした選択肢には副作用が無いのかどうか自分には答えられないが、ただ、突然訪れてしまった病を前にした時、様々な理由があるにせよ、少しでも早く病を遠ざけたいと願うのは人間として当然の姿だと思う…。もしも突然の病が訪れることを素直に受け入れられるほどに成長できているのならば、落ち着いてそうした選択をすべきだと私は思いたいけれど…。

子供の頃から健康だけが取り柄だと思って疑わなかった自分に突如降りかかった難病…。10万だか100万だか分の1…の確立…そんな確立はいますぐに宝くじ用に変えてほしい。
まぁ…既に自分を自動車に例えれば現在の自分の愛車と同じ…走行距離15万km突破したあたりか…。
そう思えば、これだけ酷使してきた身体…あちこちにガタがくるのも当然かもしれない。


物質としての身体は明らかに自分自身に属しているものの、こうして病を抱えてみてあらためて思うのは、自分の身体のことは何も知らなかった…知ろうとしてこなかった…ということ。
自分にとって最も身近な神秘性をほったらかしにしたまま、自分はいったい何を追い求めてきたのだろう…。
『身体』とは一体何なのだろうか。


自分にとってArtとは生き方に近い。
優れたArtを生み出したい…というよりも、できることであればArtによってこの生を生きたいと思う。
もちろん、自分がこうしてArtという生き方を選んだ以上、実存する姿・かたちを無視することはできないし、そうした姿やかたちはその先にあるもの…この世の深層へと到達するための手掛かりとしてとても大切なきっかけでもある以上、そのきっかけとして私が何を選択し何をつくるのかは極めて重要だ。
美術家は実存をつくり出すことによって、今と過去…今と未来を繋ぐ役割を担っている。それがつくり出せなければ美術家として生きる意味は無いのかもしれない。
しかし…そうは思いながらも、自分は目の前にあるもの…いま見ているものを信じてはいなかった…そこにあること…その事実をずっと疑い続けてきたような気がする。

そうしていま…自分がArtを…美術家という不可思議な生き方を選んでまで追い求めてきた『何か』にとって決定的に足りないもの、見落としているものがあるのではないかと思う。
私にそう思わせるのは、こうして次々と自分に降りかかる病であることは間違い無いが、私がこの先で何かに気付く為にいま病があるのだとすれば、この病は私にとって必要なArtの一端なのかもしれない。

これまで自分は物質としての身体に殆ど興味を示してこなかった…。
いや…興味を示さなかった…と言うよりはむしろ、健康すぎるほどの自分の身体に自惚れ過信していたと言った方が正しいかもしれない。
そんな自分がArtを選んでしまったこと…さらに、ある頃からArtマーケットという価値観や移動可能なArtに対する疑問を抱きはじめたことに比例して、身体のみならずこの世の物質性…実存そのものへの興味そのものが遠退いていったような気がする。
その代わり…その一方で身体の非物質性…あるいは精神性やこの世の神秘性へと自分の興味は急速に傾いていった。

物質は見えがかりでしかない…けれど身体を構成するはずのもう一方…その奥底にある、目には見えないものこそがArtの本質に繋がっているはずだと考えるようになっていた自分…。
そんな自分がClimbingへと没頭していった理由もそうしたことと深く関係している。
…Climbingという範囲内とはいえ、身体を酷使しつつ、生命をより身近に感じることによって深く精神性を追い求めようとしていたことも否定できない。ただし、そんな極端な方法はやがてClimbingができなくなるほどに身体に支障をきたすことになるのだが…。


今年…私たちは3.11といういまだかつて経験したことの無い大きな揺らぎを経験した。自分の身に突然とも言える病が発症したのはその直後のこと。
これを単なる偶然だと済ましてしまうこともできるかもしれないが、自分にはこれが単なる偶然だとは思えない。
だからと言ってその因果関係を探る気も無いけれど、この揺らぎに身をまかせることによって、この先で自分が何と繋がってゆくのかだけはしっかり感じたいと思っている。

自分は、この世に存在するもの全てはある種の波動…そのものだけが持つ振動を伴ないながら存在していると信じている。
私たち人間一人ひとり、森をつくる木や草も、石も、水も、空気も…細胞も原子や分子も…全ては常に振動しながら存在している。
それぞれの波動、それぞれのリズムで振動しつつ時に同調を繰り返す。
同調することによってそこに新しい関係性が生まれる…。
世界とはこうして常に変化し続ける生命体そのものだ。

わたしたちが今年経験した大きな揺らぎは、それぞれの波動・リズムをある意味強引に同調させたのかもしれない。
おそらくは、それまでならば同調しずらかったものや、同調するにはまだまだ時間必要であったものが一斉に同調してしまうような大きな揺らぎ…。

病棟ですれちがう人…。
お互い言葉をかけることはないけれど、そこにすれちがう相手の振動を感じる。
       

              2011年12月26日  小池マサヒサ 記

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by cafe_mazekoze | 2011-12-26 23:07 | RIKI-TRIBAL | Comments(0)

年内の営業について

年内の営業ですが、28日までとさせていただきます。
なお月曜日の26日より28日までの間、大変申し訳ありませんが11時から3時までの営業とさせていただきます。よろしくおねがいします。

よいクリスマスをお迎えください。
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by cafe_mazekoze | 2011-12-23 09:32 | お知らせ | Comments(0)

カード作り

我が家の娘は自他ともに認める文房具好き。
文房具屋さんに行くと目つきが違ってくるのを私も知っている。
そして、この時期はカード作りに余念のない娘。
しかし、今年はそのカードを狙っている者が我が家には潜んでいる。
じっと見つめてはカードを口にくわえ盗んでいく。
そのすばしっこさは、驚くばかり。
今年、娘からのカードで穴があいていたらごめんなさい。
ピスの歯型です。(苦笑)
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by cafe_mazekoze | 2011-12-20 18:30 | 『小さな芽』 | Comments(0)

雪の日はロケットストーブ

昨日、今日と雪がぱらついている長野市。
朝6時に目覚ましが鳴るが、例年のごとく布団から出るのが一番最後の私。
こんなことではいけないと思うものの、真っ暗の中起きるのはいつまでたっても本当に苦手です。

しかし、ロケットストーブのおかげで寒さのほうは随分助かっていて、昼間がんがんロケットストーブをつけているので、夜もその余熱で暖かい。
たぶん、我が家は土蔵だから土の壁が蓄熱してくれているからだと思うけれど、その余熱効果は大きいと思う。
モグラは、きっと土の中で暖かいんだろうなーと、そんなことを考えてしまった雪の一日。
モグラどんのお宿かな?♪ のわらべ歌を口ずさむ。
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  おまけ…。マゼコゼのロケットストーブにどこか似ている…八坂の灰焼きおやき
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by cafe_mazekoze | 2011-12-20 17:02 | ロケットストーブ | Comments(0)

21日(水)は臨時休業

急で申し訳ありませんが21日(水)は臨時休業とさせていただきます。
ごめんなさい。

また、しばらくの間ランチは予約制とさせていただきます。たいへん申し訳ありませんが、お電話で御予約いただきますよう宜しくお願い申し上げます。
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by cafe_mazekoze | 2011-12-20 10:22 | お知らせ | Comments(0)