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小さな芽 2003年7月20日~7月27日

80 2003/07/27(Sun)  うごき
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プランターコテッジで写真をとると、壁と床の大半が黒なので被写体が見栄えすると言うか、そのもの自体が浮き上がると言うか、面白い写真がとれることがある。
先日も、茉莉花の動きを連写で採っていたら、できあがりはぱらぱら写真のようでとても面白い。
ディック ブルーナのお風呂絵本と言うのがあって、最初この本を買って、ビニールでできた絵本だからお風呂絵本なんだろうと思っていたら、絵本の中の黒い部分がお湯につかると絵がうかんでくるというもの。
普通にみていれば背景がやたら黒い部分がおおい絵本だなといった感じで、ブルーナの絵本だからと、別に気に留めてなかったが、お湯につけて絵がうかんでくると結構新鮮な驚き。
プランターコテッジでの連写の写真を使って、いつか絵本を作ってみると、こんな感じで立体的になるのかな?とふと
おもったのでした。



79 2003/07/26(Sat)  お父さんと
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最近、みんなと同じ高さでものを見たい茉莉花は、標高が低いとかなりぐずりだす。だっこして、みんなと高さが同じになるとご機嫌。テレビもみんなと同じ高さで見たい。そうなると、一緒にテレビをずっと見ることなり、他のことができなくなる大人たち。(笑)



78 2003/07/26(Sat)  お茶のむ
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茉莉花は、さすが名前がお茶の名前?だけあって、かなりのお茶を飲む。
このところ一日300ccは飲んでいる。これは、かなり多くて赤ちゃんにとってはよくないことは私も知っていて、そろそろセーブしないとご飯を食べなくなるなと心配になり始めた。
果汁が好きな赤ちゃんはたくさんいるの知っているけどお茶ずきはちょっとめずらしい。ミルクとお茶があると、最近お茶に手をだす。
カフェインがないお茶をいろいろあげていたのだけど、お気に入りは南アフリカのお茶ルイボスティー。私も大好きなお茶。
でもでも、ちょっと飲みすぎなのでそろそろセーブ。



77 2003/07/24(Thu)  おおきく[

今日23日(もう24日ですね)で、茉莉花は10ヶ月に突入。
1歳まで、あと2ヶ月。短いようで、長いな~と思う。
最近は両手をはなし2歩、3歩と歩こうとして、ばたっと倒れる毎日だが、確実に毎日毎日すこしずつ、両手をはなして立っている時間は増えてきている。だいたい夜中の4時にのどが渇いて目をさます茉莉花はこのところ、立ったままほ乳瓶を両手で持ってお茶を夜中に一人で飲んでいたりして、最初その姿を見た私は夢じゃないかと目をうたがうほどだった。いろいろやってくれるな~って感じ。(笑)
だんだん子供らしくなってきて、一歳になる頃は赤ちゃんというイメージはもうなくなっているのかな?と思う今日このごろ。



76 2003/07/20(Sun)  色黒
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最近暑い日が続いているからなのか?散歩を日課としている茉莉花はどんどん色が黒くなっているような気がする。
というか、やっぱり父親ゆずりで、もともと色が黒いような>気がしてきた。
肌の色は比較するものがないと、なかなかわかりずらいけれど、ほかの赤ちゃんと接する機会に比べてみると、やはり茉莉花は黒いほう。
先日ちょっと明るいブルーの洋服を着せて、テレビをみながら踊る茉莉花をみて、将来はやはり体育会系かな?(笑)ダンサー???とふと思ってしまいました。





75 2003/07/13(Sun)   一人で飲める
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哺乳瓶をガラスではなくてプラスチックの軽いものに変えたら、自分でミルクやお茶を飲めるようになってとても助かっている今日この頃。
カップから自分で飲みたがったりもするのだが、それはまだじょうずには飲めず、ダッーとこぼしてしまう。
ご飯も自分でスプーンを持って食べたがるのだけど、それはもう大変。顔中ごはんだらけ。しかし、自分で食べたい、飲みたいという意欲は尊重したいなと思うので、なるべく自分からスプーンやカップを持とうとしたら渡すようにはしている。

ちゃんと口にスプーンを持っていける日がきたら、ちゃんとカップから飲み物を飲める日がきたら。。。そのときは、思いっきりおいしい食事を作ってあげたいと思う。
自分で食べたり飲んだりする楽しみを十分味わってほしいと思うから。。。食べたり飲んだりって食い意地の張っている私にとっては人生のなかでかなり重要な位置をしめるのでした。



74 2003/07/09(Wed)   階段
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5年間プランターコテッジは階段がないままハシゴで代用していたのだが、ついに階段ができた。しかも可動式!
昨日縄文人はちょっとプランターコテッジを直しに行ってくると4時ごろ出て行って帰ってきたのが6時過ぎ。
“階段作ってきたから”と簡単に言っていたのだけど、2時間でできたの???と私は半信半疑。この5年間は何だったのか?と自問する私だったが、今日できあがった階段を見て、お見事と言わざるおえなかった。
先日子供たちが多く来たくれた時に、やっぱりちゃんと階段あったほうがいいよね~と私がポツリと言ったけど、まさかこんなに早くできるとは!安定していて、なかなか2階?に行きやすくなりました。
またまた屋根裏部屋が人気の部屋になりそうです。高所恐怖症の人も、これなら大丈夫かな?



73 2003/07/06(Sun)   うごく
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今日は茉莉花をベビーカーにのせて自宅に向っている途中で一人のお婆さんに“元気一杯の赤ちゃんね。いいわね~。”と
声をかけられた。
“動きすぎちゃって、困るぐらいなんです。”と私が答えると“そんな贅沢なこと言っちゃいけないよ。”とお婆さん。その後、“よく動くねホントに。うらやましい。うちの孫は障害者で、歩けなくてね。”とお婆さん。
その後、少しそのお婆さんと立ち話。
“動きすぎて困るんです~。”と最近よく口にしていた言葉。
何が困るの???と自問すれば、困ることなんて何にもない。
子供が生まれてすぐは、五体満足で他は何も望むこと無いなと心底思うけど、すぐに忘れていろいろ欲がでてくる。自分の子供はこうあってほしいというのが、つい言葉となってでていたりして。。。
あ~。子供を通していろんな人と話して、私も成長していけるのかな~?
これから先は長い長いと思った一日。



72 2003/07/01(Tue)   つむじ
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実は茉莉花は頭がよくて(一文字ぬけました)頭の形がよくて、この部分は確実に私似。(笑)
髪の毛があいかわらず少ないものの、つむじがはっきりしてきて上から見ると台風の目みたいで、おもしろい。頭の形や脚の形、爪の形に歯の形、このあたりは両親のどちらかにかなり似ると思うけど、縄文人の父が心配しているのは歯。
小池家は元々歯並びが悪い家系らしく、縄文人は茉莉花が私の歯並びに似てくれるといいな~と言っているが、私としては歯は縄文人に似てもらいたい。なぜなら歯がとても強い縄文人は虫歯しらず。いわゆるすきっ歯だから虫歯になりにくいみたい。虫歯は私は昔から多くて、結構悩みの種。甘いものが好きなのもあるけど、歯が痛いのはホントにつらい。歯が強い人がうらやましい。歯と骨は強いほうが絶対いいもんな~。



71  2003/06/27(Fri)  
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小さな芽以外に日記をつけていないので新しい発見があったときはまずはここに記しておこうと思う。今日5本めの歯を発見。前歯の横に一本小さいのがでてきた。前歯の上下4本はすでに生えているので、この歯が5本目。
こんな風に、だんだん歯が生えてくるんだなと改めて感動。歯が生える前は、口元がかゆくなるらしく、手でかいたり、布をくわえたりと、いつもと違う動作をする。このところ、口元をよく手でかいているなと思ったら、小さい歯が頭をだしてました。全部そろうのはいつなのかな?
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by cafe_mazekoze | 2011-08-15 09:28 | 『小さな芽』 | Comments(0)

小さな芽 2003年7月~9月

2003年7月29日~9月21日 までの『小さな芽』 (茉莉花10ヶ月~1歳)
 


90 2003/09/21(Sun)  さかみち
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“ともだちに家はどこ?”って映画みたことありますか?
茉莉花が坂道を一人であがろうとしているのを見て、なんとなくその映画のワンシーンを思い出しました。いちおう彼女なりに道が二股にわかれていたり、坂道になっていたりすると、一瞬考えて動きだし、坂道では少し中腰になっていこうとするので、よくわかってるな~と感心したりして。。。
最近、転ぶのも慣れてきたようで頭もなるべく自分でぶつからないように少しはセーブできるようになったみたい。それでも、たんこぶなどの傷は一個無くなりは一個増えるといった感じで、なくならないのですが。。。(笑)



89 2003/09/20(Sat)  クララおねえちゃん
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義理の弟の子供のクララは3歳。茉莉花と会うとクララもすっかりお姉さん。
ずいぶん人間らしくなった茉莉花だけど、まだどこか動物っぽいところが残っていて不思議だなあと思うこともまだまだあるのだけど、きっと3歳ぐらいになるとそういったものもすっかりなくなるのだろうと思う。
お腹の中にいた記憶を3歳までに聞くと、ちゃんと答えてくれる場合があるらしいけど、タイミングが大事なようでそのタイミングって、どうやって計ればいいのだろうか?と思う。みんな自分の子供にお腹にいたときの記憶聞いたことありますか?



88 2003/09/19(Fri)  公園
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このところ公園通いが続いている。朝6時頃からと夕方5時ぐらいからの1日2回。歩けるようになった茉莉花にとって、家でテレビをみたり、おもちゃで遊んだりといったものは、すでに退屈なようで少し家で遊べばもう十分。早く外に連れてってといった感じにすぐなる。朝の散歩は結構気持ちのいいもので、私もこのところ健康になったな~と思う。今日は久しぶりに(高校生以来)バスケットまでしてしまった(笑)。明日筋肉痛になっていないことを祈るばかり。



87<>2003/09/19(Fri)  歩く
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この小さな芽を8月中は全く書けなかったけれど、この一ヶ月間が今までの中で茉莉花が一番成長した時期だと思う。まずは一人で歩けるようになったこと。
今では、余裕ですたこらとどこまででも歩いていってしまうようになった。ついちょっと前まではハイハイしかできなかったのに、着実に人間らしくなってきて驚くばかり。来週の23日で茉莉花も1歳。赤ちゃんとはいくつまでを言うんだろうか?
もう一歳を過ぎると赤ちゃんとは言わないのかな?とすると、赤ちゃんと呼んでもらえるのももう数日。長いようで短かった赤ちゃん時代。



86 2003/08/09(Sat)  めがね
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赤ちゃんの好きな物のなかで、メガネというのも定番らしいが、私も夜中にミルクをつくるときにメガネをかけ飲ませていると、必ずメガネを茉莉花に取られてしまう。見えない目で、しかも眠い中、ミルクをあげていると時々哺乳瓶を鼻につっこんだりとか、顔中ミルクだれけとかかなりひどいこともしていたりする。(笑)
でも、メガネを手に持っている茉莉花はニコニコ。
先日メガネの代わりに、おもちゃのサングラスを買ってあげたところ、かなりこれがお気に入り。茉莉花は帽子は大嫌いで、夏のお散歩のときはとても困るのだけど、このサングラスでお散歩というのもちょっとな~ですよね。(笑)



85 2003/08/07(Thu)  たぬ
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うちの猫のタヌは、茉莉花がいる部屋には絶対入ってこようとしない。
茉莉花はタヌに近づきたくて、いつもタヌを見つけるとニコ~と笑って一目散で近づこうとする。どうもこれがタヌを遠ざけるようで(笑)、
タヌも10時ごろ茉莉花が寝ると必ず私と縄文人がいる居間にやってきてタヌの家族団らんの時間が始まる。先日、タヌは茉莉花が部屋に入ってきたことにきづかずテーブルの下で、うとうとしていた。そして、茉莉花もタヌのことに気づかずテレビを見ていたのだが、あるときふとタヌの姿をみつけ一目散!タヌはとてもおびえてギャーと逃げていって。。。
まるでトムとジェリー状態。茉莉花がトムですけどね。
早く茉莉花とタヌがなかよくなる時がくるといいな~。



84 2003/08/06(Wed)   岩登り
先日、ロッククライミングの仲間のs夫妻が子供と一緒にうちに遊びに来てくれた。プランターコテッジを作る前、縄文人は週末になると岩場にいき、平日は仕事終わると人工壁を登りにクライミングジムに行っていた。
私もそれにあわせて、遠いアメリカの岩場までつき合わされたこともあった。
S夫妻と話していると、やはり岩場に行きたいと私ですら思うので縄文人は言うまでもないといった感じ。茉莉花が少し大きくなったら、私はクライミングジムに一度連れて行ってあげたいと実は思っている。
よく動く茉莉花にはぴったりなスポーツ。本人が好きかどうかによって決まるけれど、ロッククライミングは命綱をもってもらうパートナーがいないと、できないスポーツなので、娘がこのスポーツを気に入り、ある程度大きくなって一緒にジムや岩場にいけたら、縄文人は感無量だろうなと思う。
しかし、オヤジ体型だとたちまち岩場は登れなくなるので茉莉花が大きくなるまで、太らず、オヤジ体型と言われない体型をキープできるだろか?
これからビールが美味しい季節。なかなか手ごわい季節がやってきました。(笑)



83 2003/08/02(Sat)  インド式
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食事の時間がやってくると、さてどうやって今日もあまり汚さないように食べさせられるかな?と頭を悩ます今日この頃。
茉莉花の最近の食べ方はインド式。全て手づかみでいきたいらしい。
野菜はスティック状にすると大喜びで食べてくれるのでこちらも助かるけど、おかゆや煮物もインド式でいきたいらしい。汚れた手で、最近私の顔や服をさわるのがマイブームとなっているいる茉莉花。こちらも割ぽう着などで対処しないとちょっと手ごわくなってきた。時々かぼちゃのマッシュなどを目につっこまれるともう笑うしかないって感じ。(笑)



82 2003/07/30(Wed)  自転車
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先日、自転車の後ろに茉莉花をのせることができるように赤ちゃん用の自転車後部席の椅子を買った。3歳ぐらいまで使えるそうで、茉莉花もいろんなところに行けるとわかったのか?とてもうれしそう。
早速何処に行ってみようかということになり、ずっと行きたかった花屋さんへ。
この花屋さんは入り口でハサミをもらって、お花畑で自分で買いたい花を自由に切ることができる花屋さんで、私の一番好きな花屋さん。
ちょうどkako さんも来ることになってるしと思って花畑でダリア等を切って、購入した。やっぱり、この花屋さんいいな~。花屋さんというより、花畑といった感じなのだけど、1本からもちろんOKだし、あまり花屋さんで売ってない花が手に入る。
というわけで、自転車のおかげで茉莉花と私の行動範囲はこれから広がるのでした。



81<>2003/07/29(Tue)   携帯電話
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携帯電話を赤ちゃんが大好きなのは知っていたので、なるべく茉莉花には見せないようにしてきた。しかし、ときどき私が携帯で話しているのをじっ~と見ていて、携帯電話がテーブルの上においてあったりしたら、一目散で取りにいこうとする。
先日、長野のお婆ちゃんのところに朝の6時ごろ私からの電話がいったそうで、もちろん犯人は茉莉花。どうやって、番号を押したのか(笑)朝の6時にお婆ちゃんはいつも起きているのを知っていたのか(笑)?
携帯電話やリモコンやパソコンなど、触ってほしくないものばかり好きなんですね赤ちゃんって。
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by cafe_mazekoze | 2011-08-14 16:12 | 『小さな芽』 | Comments(0)

「小さな芽」・・・母の目

マゼコゼBlogをちょっとだけリニューアルしてみました。
それと同時に、ほとんどほったらかしのRIKI-TIBAL WEB の見直しも少し。

このBlogのカテゴリーには、管理人の小池つねこ が書いている、娘…茉莉花の成長の記録日記『小さな芽』がありますが、この日記は茉莉花が誕生したとほぼ同時にBlog上で続けてきたものなので、娘と母親の8年間の記録ということになります。
その間、何度かBlogを変えたりHPを変更したり長野市へと移住している関係で今は『小さな芽』が幾つかに分かれてしまっているのですが、それらをあらためて読みなおしてみると、わが子を見つめる母親の視点は、いつの時代であろうと間違いなく共通するものがありそうだ・・・と思ったりします。

今日はお盆。
地元 善光寺ではお盆縁日があり、境内で盆踊りが行われます。
たくさんのご先祖様がお家に戻り一緒にすごす一日です。

少し時間がかかるとは思いますが、「小さな芽」をこのBlogにまとめてみたいと思っています。
きっと私たちが伝えたいことはここらあたりにあるんじゃないかな…って思います。

小池マサヒサ 記

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2003年9月23日(投稿は9月27日)~2003年10月23日までの 「小さな芽」
初期のPlanterCottage Blog に掲載していたもの。茉莉花は1歳。



100 2003/10/23(Thu)  絵本

またまた昨日は“心を育てる”の講座だったので、そのことについてメモ書き。
先週は“絵本の楽しみ”で今週は“ストーリーテリング”。
で、昨日のストーリーテリングは国立のお話の会の方がきてくれて、いつも児童館や図書館などで子供たちに話しているやり方でお話を聞かせてくれた。
最初にロウソクをともしてお話が始まるので、こちらもワクワク。子供たちにお話する時もいつも同じだそうで、心を落ち着かせるのと、集中させるのと両方の目的があって、お話が終わるまで、ロウソクをつけておくとのこと。最初はほんとにワクワクソワソワだったけど、お話が始まるとスッ~と私もお話の世界に入っていけて、とても楽しい時間があっという間に過ぎていった。
5つの話が終わり、ロウソクの火も消えておしまい。これは、子供は楽しくてしかたないだろうな~と思ったのが正直な感想。お話をしてくれる人は、まったく本などは何もみないで、昔話や童話など聞き手の顔を見ながら話してくれる。聞き手はそれぞれイメージを膨らませて話の中に入っていく。3歳ぐらいから十分楽しめますよと、お話の会の人は言っていたので、茉莉花が3歳になったら早速聞きにいきたいな~と思った。自分だけで今でも児童館とかに聞きに行きたいけど子供同伴じゃないとダメなようなので(笑)。。。



99 2003/10/17(Fri)  たぬと
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我が家の猫のタヌは、やっと茉莉花が部屋にいても逃げなくなってきた。
茉莉花がタヌをなでなでしても、じっと我慢している。ずいぶんと距離が縮まって、このぶんでいくと仲良く遊べるようになるのは、それほど遠くないかもしれない。それでも、やはり茉莉花が寝静まったころの10時ぐらいになるとタヌは私のひざにのってきたり、自分の好きな椅子に寝そべったりと本当のリラックスタイムとなるようで、まだまだ茉莉花が寝てからでないと、ホッとはできないよう。しかし、このところ茉莉花は夜寝る時間がまちまちで、タヌも少し戸惑い気味(笑)。寝たと思ったらまた現れたりで早くリラックスさせてよ~といった感じ。一緒にゆったりできるのはいつのことだろうか?


98 2003/10/09(Thu)  
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暴れん坊の茉莉花はいろんなところに傷をつくり、1歳の誕生日の写真もなかなか撮影できずにいる。やっと傷もなおったかと思っていた矢先に、顔のど真ん中に傷を作りましたドアのノブにぶつけて作った傷2ヵ所。う~ん。
やっぱりかなり動く女の子ですね今日も散歩中にベビーカーの中で動きまわっていたところ通りすがりの3人組の女性に「シャッター押してもらえますか?」と声をかけられ、「いいですよ。」と私が答えたところ、そのうちの1人の女性が「ちょっと待っててね坊や。」と言ったので、思わずシャッターぶれちゃいそうでした。どう見たって男の子に見えるものね



97 2003/10/09(Thu)  高速
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最近、茉莉花は車のベビーシートが窮屈ですぐぐずりだすが高速になると話は別。
先日も千葉のほうに出かけたところ、高速に乗ったとたんすっと眠りにはいり、高速をおりるころにはパッと目がさめごきげん。
長野に行くときもいつもそうだ。たぶん高速の振動が心地よいのだと思うが、胎内にいたときと同じ感じなのだろうか?みごとに高速だとずっと眠っていてくれる。大人も車に乗るとすぐ眠くなるけれど、心地よい振動は子守歌にまさるものだと実感。



96 2003/10/09(Thu)  育児力

ひき続き「心を育てる」講座のことをメモしておきたいと思う。
この講座を受け初めて今日が3回目。
1回目は、自己紹介をまじえたディスカッション。2回目は、わらべ歌。今日の3回目は、再びディスカッション。4回目は、絵本の楽しみ。。。。と続くのだが、次のディスカッションは9回目で、最後10回目の講座もディスカッションで終わりとなる。
前回と今日のディスカッションをおえて思ったのは、NHKでやっている番組「しゃべり場」じゃないけれど、何人かが集まりいろいろ意見をかわすというのはホントおもしろいな~と思った。
この講座は全て自主的に参加している人ばかりだが、みんながみんなどんどん意見をいったり、感想をのべたりする性格の人ばかりでは当然ないので、意見をよく述べる人とそうでない人といろいろいるのだけど、それでも皆多かれ少なかれなんらかの意見は述べる。私はこの講座を終えると自分の意見を話すという行為がいかに大切かいつも思い知るといった感じで、頭で思っているだけでなくて話すという行為をもっと普段からしたほうがいいのだろうなと反省する。話すうちに自分でも考えがだんだん整理されてくるので、整理べたの私としては、この訓練が必要なんだろうなと思う。
ところでこの講座を受けている間、茉莉花を保育室にて預かってもらっているのだが、この2,3回目にして大きな変化があって、以前は誰かに茉莉花を預けてもニコニコだったのだがここにきて大泣きするようになった。今日は公民館が近づいてきたら泣き出した。保育員の方に預けるときは泣き叫んでいたけど、以前だったら考えられない光景で、私と一緒にいたいのかな~と思うと嬉しい反面、これからどうする?と困った面もあったりして彼女の中でもいろいろと変わってきているのだと改めて実感した一日でした。



95 2003/10/02(Thu) 心を育てる

先週から週1回の10回の講座「心を育てる」という講座を公民館で受け始めた。
この講座を受けている間は、公民館の保育室で茉莉花を預かってもらえる。
今日は、その2回目で「わらべ歌」だった。わらべ歌で子供を育てるというテーマにそって、いろいろな子供とのコミュニケーションのとりかたを教わり、おもしろい講座だった。友達にわらべ歌の勉強をしにハンガリーに留学し、ゴダーイ(わらべ歌の第一人者といわれている人)の教えを学んで現在千葉の幼稚園で保母さんをしている女の子がいる。彼女はひょんなことでプランターコテッジに来て、東京にくると必ずプランターコテッジに立ち寄ってくれる。
今日の講座でも講師の人が何度も口にしていたのが感性をこの時期ひきだしてあげれば、将来の宝となるというようなこと。「自然と生き物を大事にする心を養いましょう。そうすれば将来ストレス社会のなかでも自然で自分を癒すことができる子になりますから。道端に咲いている一輪の花など触らせて、きれいだね~と話しかけましょう。」と話された。
私が茉莉花の感性を引き出してあげるには、やはり頻繁にプランターコテッジに連れて行くのが一番手っ取り早いんだろうな~と講座を聞きながら思ったのでした。



94 2003/09/30(Tue)  ダーチャな生活
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このところロシア風に言うならダーチャな生活が続いている。週末になると長野に向かうという生活。先週末も長野に縄文人の仕事の関係もあって行っていた。
長野の縄文人の実家に行くと、野菜三昧の日々が続く。茉莉花はテーブルに並んだ野菜のきゅうりやトマトをひとつつまんで口に入れては、どこかにいって硬い部分だけぺっとはきだしている。(おぎょうぎはとても悪い)テーブルに並ぶ野菜の量は東京の我が家とは比べ物にならないので、茉莉花も楽しそうである。キッチンに行ってはズッキーニやサツマイモなどを運んできて遊んでいたりする。そんな姿を見ていると東京での生活は彼女にとってはちょっと窮屈なのかな?と考えてしまう。私たちにとっても同じことは言えるのだけど。。。



93 2003/09/27(Sat)  気づいたたこと
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このところ茉莉花の成長ぶりに親である私はついていけないときがあって、いろんなことを見逃していることがある他の人と接することで、ふと気づいたりして一緒に長い時間いても見えないことがあるんだな~と思う。
先日も、いつものごとく首を茉莉花がかいていて縄文人が「この服タグがあたってかゆがってるよ」と言われ、そうだいつもかゆそうに掻いていたのはタグかも?と思い、このところかたっぱしからタグを取るようにしている。乳児用の下着などは、外側にタグがついていたりするんのだけど、大きくなるにつれてタグの位置も大人と同じ首のところに変わる。おもちゃなども、興味を示すものが変わってきている。生活のリズムも変わってきた。猛スピードで成長する彼女になんとかついていかねばと奮闘する日々なのでした。



92 2003/09/27(Sat) 早起き
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茉莉花は朝はだいたい5時~6時の間に起きるのだけど長野にいる時も、いつものように6時ぐらいに起きて、私たちを起こす。しかし、東京と長野と比べると朝の温度が違うんですね~ちょうど、その日も10度をきっていて、寒い朝。私たちはもうちょっとお布団の中にいたいのに、茉莉花は早く動きたい。わかりましたと、茉莉花も私たちもたくさん着込んで善光寺にお参りに。
鳩を追いかける茉莉花の後ろ姿はどうみても男の子。というか、おやじの後姿。(笑)朝は早いし、しょっぱいもの好きだし、お茶好きだし。。おやじみたいと言われても、言い返せないのでありました。(笑)



91 2003/09/27(Sat)  誕生日
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今月の23日で茉莉花は1歳になった。
その日は縄文人の長野の実家で誕生日パーティーをしてもらった。義弟の子供のクララもパーティーに来てくれて、お祝いの歌なども歌ってくれて、茉莉花にとってとても楽しい1日になった。ケーキにさされたキャンドルは1本。本人はまだ吹き消すことができないので、かわりにクララ姉ちゃんが消してくれた。ケーキもまだ食べれず、かわりに皆が食べた(笑)。
来年はキャンドル2本。今度は本人がキャンドルを消して、ケーキも思う存分楽しむことができますね。楽しみはこれからだね。
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by cafe_mazekoze | 2011-08-14 08:48 | 『小さな芽』 | Comments(0)

15日(月)はお盆休みとさせていただきます

お知らせ遅くなりましたが、15日(月)はお休みとさせていただきます。
なお、今後は月曜日を営業日とさせていただき、土曜日はお休みとさせていただきます。変更多くてすみませんが、よろしくお願い致します。
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by cafe_mazekoze | 2011-08-13 15:50 | お知らせ | Comments(0)

そして美術家は今日も面倒くさい奴だと思われる。

天邪鬼(あまのじゃく)とは、「古事記」や「日本書紀」に登場する、「天探女」(アメノサグメ)という女神の名前が、日本に仏教が伝った後、人間の煩悩を表す象徴として語られる、四天王や執金剛神に踏みつけられている悪鬼や日本古来の天邪鬼とイメージが集合し転訛したものだそうだ。
本来、天探女は天の動きや未来、人の心などを探ることができる巫女を神格化した存在だそうだが、古事記が書かれた時代というと…政治と祭祀が一体であった時代…時に神託を捻じ曲げることもあったであろう巫女の存在は神への反逆であり、災いとなると受け止められ、その存在は神とはいえ微妙な存在であったことは容易に想像できる。
そんな古事記の説話が後に、人の心を読み取って反対に悪戯をしかける小鬼…天邪鬼へと変化していったと言われている。

人の心の内を探る力を持つがゆえ、こうすればああしてみたり…ああすればこうしてみたり…と、わざと他人の言行に逆らったり、行いをあざけ笑っては困らせる…というひねくれもの。いつも一緒にいるのは嫌だけど、でも身の回りに一人ぐらいはいそうな面倒くさい奴。
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                   十返舎一九 の「天邪鬼」


「美術家」とは、「天邪鬼」のようなものなようなものかもしれないと思う。
世の中の足元に踏んずけられながらも、自分の思ったことを言いつづける小鬼…。その存在や行動が世の中の体制に大きく影響することは無いけれど、「ああ、またあの面倒くさい奴が何か言ってるぞ」…って感じ。
行いや考えを嘲笑われれば誰だって腹も立つ…でも、そういうことがあるからこそ本当に自分で考えているかどうかを確認できたりする…ってこともあるはずだ。
小鬼だろうと邪鬼だろうと何だろうと、天邪鬼のような存在に嘲笑われるようなことがなかったら、人間なんてすぐに自惚れるし、自分で考えたりしなくなる。きっと自分で決めることなんてことはしなくなってしまうような気がする。

過去から現在まで語り継がれる数多の神々。
そんな神々の歴史を遡り、天邪鬼に転訛したと言われている「天探女」のことをあれこれと想像しているうちに、「悪神」と呼ばれ、語り継がれているその存在がなぜ悪神とされてしまっているのかについて強く興味惹かれるようになった自分…。
そこにはどうも私の美術への興味へとつうじる何かがあるような気がしてならない。

まぁ…だからと言って美術家が根拠も無く人をあざけ笑ってばかりいる…ということでは無いけれど、美術とは本来、何かに対しての答えを出す為にあるわけでは無い…と私は思っているし、作品を買って頂いたり、仕事をさせて頂けることはもちろん嬉しいしありがたいことだとは思っているものの、「その作品にはもう大した価値は無いと思うよ…」な~んて思ってしまう天邪鬼な自分。
作品が無駄なものであるとは思わない。けれどそれは、「自分で考え自分で判断する」という心の内に沸き起こる気持ちを掻き立てる為の何か…、作品はあくまでも「気付きのきっかけ」…入口でしかないとずっと思ってきたし今もその気持ちに変わりはない。
作品の価値とは作品に対峙したその本人とその作品との一対一の関係性の中で育まれるものである以上、そこには本来、他者からの評価や社会的評価は一切必要無いはずだ。
美術の専門家からの評価はもちろん学校での教育も、外部の評価は全て「自ら(鑑賞者の)の内に沸き起こる気付き」のチャンスを奪うものでしかないと思う。

…だから、勝手に感じて勝手に思えばいい。
感じないものには感じない。
ただそれだけのこと、恥じることでも何でもない。
そこからは気付きに至らなかった、ただそれだけのこと。
気付きの入り口は他にだっていくらでもある。
この世にはまだまだ無数の美が散らばっている。

美術家は、自らが自らに課したテーマに対して、ああでもないこうでもない…と考え続けるわけだし、その結果や過程が時に作品となると思えば、作品らしき何かしら(ものや行為)には美術家が導き出した“答えらしきもの”が潜んではいるとは思う…。
けれど、美術家の天邪鬼たる資質は、だからと言って、作品は必ずしも答えであるとは限らなかったり、たとえそこに答えとおぼしきものがあったとしても作家の本心かどうかも解らない…というひねくれさ加減にある。

この世に漂い、見え隠れする正解や答えらしきものの多くは、人の想像性を奪い去るものでしかないと私は思う。
そうした正解や答えらしきものの多くは、私たち人間が“自らが経験し考える”という人間にとっての最も大きな可能性を、“苦労や面倒なこと”へと巧妙にすり替え、その面倒さや苦労さから逃れようとする者を誘い込み、逃がさぬよう周到に計画された道筋を用意する…。
正解や答えはその道筋の最も奥深くに置かれ甘い芳香を漂わせている。

でも既に、私たちは苦労や面倒さを遠ざけながら正解や答えらしきものを求める歩みを止める術を忘れてしまっているのかもしれない。
あらかじめ用意された答えを求めて歩みつづけるしかない…。
その答えに到達することが生きる目的であると信じて疑うこともない…。

もしも美術にそんないまここを生きる私たちにとっての共通の価値を見い出せるとしたら…そんな可能性がもしもあるとしたら、それは天邪鬼になることぐらいしか無いんじゃないかと思ったりするのだけれど…。
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                  暑中お見舞いもうしあげます。


美術家は「天秤の重り」のようなものだとも思う。
一本の棒の両端にバケツやカゴみたいなものがぶら下げてモノを運ぶアレ。
私たちは全てこの天秤を担いで「いまここ」を生きる宿命を背負っている。
天秤の一方に重さがかかりすぎている時にはもう一方に重さを加えなければ歩くことすらままならない。美術家はそんな天秤の重りのようなものだ。

世の中の流行とは多数派がある一点に集中することによって引き起こされる。
この状態を天秤に例えれば、流行とは多数派が天秤の片側に集中した状態…私たちが天秤を担いでこの世を歩まなければならないとすれば、この状態ではバランスが保たれていないのでとても歩きづらい…というよりそもそも天秤を持ち上げることさえできやしない。

流行が悪いわけじゃない。
あくまでもこの世の状態はどうなのだろうか…バランスは取れているのか…ということだ。
天秤を背負った私たちが前に進むためには、天秤のバランスは重要。
バランスが取れていなければ、バランスを取るために何らかの「重さ」が必要だ。
もしも美術家の必要性はと聞かれたとした、そんなことぐらいしかないんじゃないかって答えると思う。

とかく芸術家は、少数派…マイノリティーであることに満足しているとか、それを望んでいるとか、常に反体制の側に付きたがる…というイメージを持たれがち…。
事実としてそのような傾向が強いとは言え、だからと言って芸術家が皆同じことを考えているはずも無い。
他の美術家がどう思っているのかわからないけれど、少なくとも私にとって最優先は、マイノリティーさであるとか、反体制の側に立って行動することでは無く、この世を生きる私たちが担ぐ天秤の均衡を保つことにある。

なぜなら、そうしなければ見えないものがあるから。
それが見たいからこそ私はこの世の生き方として美術家という生き方を選んでしまったのかもしれない…。
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美の本質とは何よりも生命の本質と大きく関係していて、美術からここを切り離すことは決してできないと私は思っているけれど、美の本質と生命の本質が如何に融合し混ざりあい、そしていったいそれはこの世の何をつくり出しているのかを見てみたいとずっと思い続けている。
でも、それを見たからと言ってどうなるのかはわからない。
自分だけならまだしも、家族や友人まで捲き込んで…。
いつか何かの役に立ったらいいなぁとは思うけれど、今は残念ながらそれもわからない。
ごめん、みんな。
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目には見えない…けれど常に変化し続けるこの世とは、生命の本質がこの世のあらゆるものと繋がりあうことによって現れる巨大な生命体そのものだ。
私たちは、この生命体のことを『自然』と呼んでいる。

山・川・巨石・巨木・動物・植物などといった自然物や、火・雨・風・雷などといった自然現象は人々に数々の恩恵をもたらすいっぽう、地震や台風、火山の噴火、土砂崩れや河川が氾濫などの風水害など、時に、人の暮らしに対して甚大な危害を及ぼす。
そうした自然の大いなる力を感じながら…接しながらの日々の暮らしの中に、「人間の力をはるかに超える何か」を感じるのは当然だ。

何かを感じるけれどその何かはけっして見ることができない。
不可視の…人間の想像をはるかに超越した力がこの世の中には存在しているという感覚を常に抱き続けながら私たちはこの世界を生き続けてきた。
「この世」とは、「見えるもの」と「見えないもの」その双方が互いに関係しあうことによって形づくられていて、人が見ることのできない側には、人間の想像をはるかに超越した力を持つ「何か」があるということがこの世を生きる者の常識であった時代はさほど遠い昔のことでは無かったはずだ。
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「自然」とはその「何か」の表れであると想像しつつ、自然に内在する力を認めざるを得なかった時代…その時代に生きた人々が自然災害を人間の想像をはるかに超越した力を持った「何か」の怒り…祟り(タタリ)と考えるのは極めて自然な現象で、その「何か」の怒りを鎮め、恵みを与えてくれるよう願うと同時にこの「何か」を心の内に常に抱き続けることで、「目には見えないものを想像する力」を持とうとしていたのだと私は思う。
そういった人々が「何か」に対して畏敬の念を抱き、やがてそれを崇敬するようになってゆく過程の中に、「美の本質」と「生命の本質」が混ざりあい繋がりあうことによって創造されるもの…この世に必要不可欠な何かがなんとなく見えてくるような気がしている。

自然と一体となった暮らし…自然の中に生命を感じること…自らの内に起こる気付き…想像すること、そして創造される「何か」
太古に生きた人々全てが、自然の中に「何か」を感じ、想像し、創造できていたかどうかはわからないけれど、少なくとも自然が自分たちの生命と大きく関係していること、そして自然を自分たちから切り離すことは決してできない…ということについては、現代に生きる私たちよりはるかに多くの人々が実感できていたであろうことを疑う余地は無い。
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自然と呼ばれる生命体と私たち一人ひとりの生命との間にある関係性。
私たちはこの関係性を理解しようと努力してみてはいるものの、「人間の力をはるかに超える何か」を自然の中からに感じ取ったり、自然に内在する大いなる力を感じつつ、その力に対して畏敬、畏怖の念を抱くことが困難な時代に生きている。
それは一体どうしてなのだろう…。
もしも私たちが生きる“いまここ”が、自然の中に「何か」を感じ想像しながら生きた太古の時代から進歩したとするのなら、その進歩とはいったい何であるというのだろう…。

面倒さや苦労さから逃れようとする者たちを誘い込み逃がさぬよう、そしてあらかじめ用意された答えらしきものにたどり着けるよう周到に計画された道筋。
この道筋は常に“便利さ”というファシズムに覆われている。
この道筋の最奥に用意されている答えらしきものには、私たちが自然から何かを感じるために必要な感性を麻酔させようとするものが潜んでいることを決して忘れてはならないと私は思う。


天探女はそんなこの世の進歩を何と読み、いったい私に何と伝えてくれるのだろう。


小池マサヒサ 記



『古事記』の葦原中国(アシハラノナカツクニ)平定の記述
天照大御神が高御産巣日神(タカムスビノカミ)と語らい、天菩比神(アメノホヒノカミ)を派遣したが役目を果たさなかったので次いで天若日子(アメノワカヒコ)を派遣した。しかし天若日子は、は大国主の娘、下照姫命(シタテルヒメ)と結婚し、葦原中国(アシハラノナカツクニ)を得ようと企んで8年の間復命しなかった。そこで思金神(オモヒカネ)は鳴女(なきめ)という雉を送り、天若日子の真意を糺す事を天照大御神に進言した。雉は天若日子の家の門の楓に止まり、「おまえは葦原中国に派遣され、荒ぶる神々を帰服しろと命ぜられたが、なぜ、いまだに復命しない。」と天照大御神の言葉を伝えた。天探女はこれを聞いて、天若日子に「この鳥の鳴き声は不吉だ」と伝えた。そこで天若日子は弓矢で鳴女を射殺したが、その矢は鳴女の胸を貫き天照大御神と高木神(タカギノカミ/タカムスビノカミの別名)のもとに届いた。これを拾った高木神は、「悪神が射た矢なら天若日子には当たらぬが、天若日子に悪い心があるなら当たる」と言挙げし、矢を投げ返すと、その矢は天若日子命の胸を貫いた。 
【Wikipedia 天探女 を参考】
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by cafe_mazekoze | 2011-08-12 23:01 | RIKI-TRIBAL | Comments(0)

夏野菜

今日は夏野菜を持って知り合いが来てくれて、実験的に販売。
無農薬の野菜で値段もかなり手ごろだと思う。
このところ、お店はかなり暇なのだが外に置いておくと、ぽつりぽつりと売れた。
うれしい!

私も後から販売していたトマトを食べると、汁が思いっきり飛び出てジューシー。
娘もジューシー!と言って、私は大きい声で「美味しい」と言っていたのだが、夫は夏野菜が基本的に今食べれないので、夫の方をチラッと見て、ちょっと小声で「おいしい」と言う娘は優しいなと思う。
本当に夏だ!という味がした。
これからも時々持ってきてもらえれば、店頭で又販売しようと思う。
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by cafe_mazekoze | 2011-08-12 22:50 | マゼコゼなこと | Comments(0)

わらべうた&あやとり

我が家の娘は8歳だが、一人でDSをやっていたかと思ったら、「わらべうたを一緒に歌おう」とか「あやとり一緒にやろう」とか言い出す。

夏休みも後残すところ1週間をきった。
宿題をやりたくないから、ちょっと手をつけては違うことをしている。
見ていて面白いぐらい宿題やりたくない気持ち伝わってきます。(笑)

今日は駅から善光寺に続く道で「お花市」をやっていた。
夜、散歩がてら出かける。
もうそんな時期なんだ~と。

お盆が過ぎれば、すっかり夏が終わった感じになる長野。
今年はどうだろうか?
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by cafe_mazekoze | 2011-08-12 22:15 | 『小さな芽』 | Comments(0)

カフェBARBARA本日オープン

東町に本日オープンしたカフェBARBARA。
お店の感じは私はとても好きな感じです。
風通しもよくて、ついビールを飲みたくなる感じ。
11時から8時まで営業していて、洋服や骨董も見れて買うこともできます。
かなりHIPな感じで、かっこいいです。

ちなみに、料理もとっても美味しかった!
また足を運びたくなるお店が一軒増えました!

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  一つ一つ置いてあるものがかっこいい!
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by cafe_mazekoze | 2011-08-11 22:41 | お知らせ | Comments(0)

門前寺子屋 「和算」 やります!

8月18日(木)の朝9時よりマゼコゼにて「和算」の寺子屋を開催します。
「和算」って何?というかたも多いと思いますが、今回はロマンティック数学サロンと題して、江戸時代に栄えた算術「和算」を数学貴公子と言われている八田陽児さんが面白く解説してくれます。
信州は、江戸時代に和算が盛んな土地だったようで、歴史的な事柄にもふれ、実際に問題を解きながら数学を楽しみます。
日時:8月18日(木)午前9時ー10時半(受付8時半より)
場所:カフェMAZEKOZE
料金:大学生・大人1500円 中高生500円
    お茶と和三盆つき
   *乳幼児、小学生のご入場はご相談ください。
先生:八田陽児
   兵庫県出身
   数学コーチ
   昨年秋、東京で行われたロマンティック理数ナイトでは円周率の魅力についてプレゼンテーションを行い優勝。
   現在は教育関連企業で数学教材を開発制作。
主催:泉の森サロン

要予約となりますので、参加ご希望のかたはメールにてご連絡ください。
お気軽に参加くださいね。

ちなみに、始まりは朝の9時です。お間違えのないように。
cafe_mazekoze@yahoo.co.jp
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by cafe_mazekoze | 2011-08-11 22:31 | お知らせ | Comments(0)

ここ2,3日かなり暑い日が続いている。
そして、こんなに暑い日はカレーと思ってしまう私は、このところ圧倒的にランチはカレーとなってしまう。しかも初心にかえってキーマカレー。

多分最初の年の夏はキーマカレーのオンパレードで、翌年の夏はタコライスしか作らなかった。
去年、毎日タコライスを食べてくれていたダイちゃん&コウちゃんありがとう。

そして再び今年の夏はかなりの頻度でキーマカレーとなっている。
キーマカレーのランチのあとのコーヒーは本当はラム酒を入れたいのだけど、ちょっと冒険しすぎかと思い今のところやめている。新宿にある大好きなハイチというレストランではコーヒーにラム酒がついてくる。
アイスコーヒーにラムをたらすと気分はハイチでのバカンスといったふうに単純な私はすぐなれる。(笑)
そのうち、アイスコーヒーにはラム酒をつけられうようにしたいけど、ランチ時のコーヒー150円としている間は無理かな?
ただいま、検討中でーす。

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  すだれたれてますけどオープンしてます
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   娘の夏休みの自由研究はハーブについて
   私のほうが真剣に取り組んでいる今日このごろ
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by cafe_mazekoze | 2011-08-09 22:39 | お知らせ | Comments(2)