カテゴリ:門前暮らし( 30 )

門前暮らしと山暮らし

昨日は西の門市やボンクラさんの門前市などがあり、門前はにぎやかだった。
私はマゼコゼを営業していたこともあり、ほんの少しだけしか外出できなかったものの、西の門市は始まったばかりのころに行ってみたところ、人が結構歩いていてにぎわう気配がすでに感じられた。
門前市って、響きがいいな~。これからどんな風になっていくのかな?一緒に自分たちもできるところで参加していきたいと思っているし、これからどんどん賑わっていくといいなと思う。

そして、今日は信濃町のお友達の「たなごころ」さんのオープンルームが最終日だったので出かけて行った。
森の中の別荘地にあるアロマセラピーの「たなごころ」。お店と自宅が一緒だが、たまにオープンルームにして
みんなにアロマをしってもらおうと、いろいろと試みている。
今日は私もフットバスをしてもらいながら、外の木々を見ていたらとってもリラックスできて、気持がよかった。

しかし、毎回思うことだが夕方我が家のほうの門前あたりに帰ってくると、このへんはやっぱり都会。
当然のことなのだが、やはり時間の進み具合が違う。
この前、知り合いから「つねこさんは田舎に住みたいと思わない?」と聞かれて「田舎暮らしにあこがれもあるものの、住みたいかと聞かれると答えに困るかもしれない。」と答えた。
歩いて買い物ができたり、病院に行けたりと、いろんなことが歩いてできる範囲でしか暮したことがない私は、免許もペーパーだし、長野に住むといっても門前だから住めるといったところがある。
歩いて買い物ができる場所であって、いろんなことが歩いて間に合う場所、それじゃあ長野の生活楽しめないよと言われそうだが、やっぱり歩いていろんなことができる場所が安心だったりする。

いつか、山暮らしを本当にしてみたいと思うことがあるのだろうか?
それともずっと憧れのままとなってしまうのか?
自分でもまだまだわからないのであるが、門前市で欲しいと思うものはやっぱり山の暮しを感じさせるものばかり。ないものねだりというのはこういうものなのかと思ったり。
自分に自信が持てるようになったとき、初めて山での暮らしができるようになったりするのだろうと思ったりする。

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by cafe_mazekoze | 2010-05-16 23:17 | 門前暮らし | Comments(0)

善光寺花回廊 灯明ナイト

善光寺花回廊の初日の今日。花キャンバスとパティオ大門ではキャンドルが設置され、灯がともされた。
幻想的な装いを見せ、昼間とは違った顔の花キャンバス。花びらが鳥の羽根みたいに見える。
枝を組んで作っテーマキャンバスが鳥の巣のように見えてきて、花びらが鳥の羽根みたい。
明日も夜には鳥の巣となって羽根が舞う。
夜の花キャンバスお勧めです。

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by cafe_mazekoze | 2010-05-02 21:31 | 門前暮らし | Comments(0)

善光寺花回廊はじまりました!

今日から始まった善光寺花回廊。昼間たくさんの人でにぎわってました。今日、明日、あさってと5月4日(火)まで続きます。

そして今日は6時ごろから花キャンバス(中央通り、パティオ大門付近)にて灯明ナイトがあります。
これから花キャンバスの間伐材の部分にキャンドルが灯されます。
今日、明日と6時ごろからはキャンドルが灯され、昼間とはまた違った姿を見せてくれる花キャンバス。
夜の花キャンバス、パティオ大門の中は幻想的な姿?を見せてくれると思います。夜の散歩がてら是非みなさん足を運んでくださいね。

そして、明日はパティオ大門にて小枝の鉛筆づくりのワークショップと木のアクセサリーづくりのワークショップが開催されます。どちらも11時から3時まで。参加費300円です。
こちらも是非参加してみてくださいね。
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by cafe_mazekoze | 2010-05-02 17:30 | 門前暮らし | Comments(2)

善光寺門前町文化芸術村

「牛に引かれて善光寺参り。」
縁あって自分が善光寺の門前町の古い蔵に暮らすことになったのも、
牛に引かれたからだったのかもしれません。a0162646_228522.jpg
このまちに暮らしながら、様々な人と出会い、語らっていると、ふと
言葉では言いあらわしきれない…これって「縁」…?というような感覚を伴うことがたくさんあります。 

先週土曜日に開催された、信濃毎日新聞「Wa(輪・話・和)の会」が主催するシンポジウムと分科会、その後行われたスタッフ交流会でも、なんとなく、自分の想像をはるかに超えるような何か大きな力のようなものが…。
気のせいと言えばそれまでのことですが、それでも、ここ最近の人々との関わり合いには、単なる偶然とは言い切れないような不思議さを感じます。

東京には私たちが場づくりを続けているPlantercottageがあるので、今も東京と長野を行ったり来たりすることが多いのですが、2か所を行き来すれば否が応でも感じる二つの地域の相違。
最近、違い…あるいは共通性を、長野市と国立市という二つの場所をとおして考えることによって「今、自分がしたいこと」がより明確になってきたような気がします。
先の「Wa(輪・話・和)の会」、テーマは「古い街並み、元気にするには?」
は、「今、自分がしたいこと」と「門前まちで暮らすこと」の関係を自分なりに確認できる好機会となりました。


私には今、自分が暮らしている善光寺門前まちに、あるイメージを重ねて合わせつつ結構真面目に想像していることがあります。
それは、善光寺門前町文化芸術村構想
(この構想の全体像は、とても語りきれません…)
そして、この妄想的構想の中心には「善光寺門前町文化芸術大学」という拠点づくりがあります。(ネーミング的にはちょっと堅いかな…とは思うのですが。)

芸術家やデザイナーなどの専門家を育成することが目的ではない…、
子供や大人は問わず、広く市民が総合的に文化力・芸術力を学び育むための拠点。
善光寺を中心として育まれてきた様々な文化芸術を学び、それを今に活かしつつ、育まれるであろう文化芸術をさらに後世へと繋げる為…。a0162646_234364.jpg
善光寺門前町(その範囲の認識は様々だろうけど)は、さしずめ長野市やその周辺の文化芸術を広く学ぶためのキャンパスのような感じでしょうか。

もちろん善光寺門前まちを文化芸術で占拠するということではありません。
善光寺とその周辺で育まれてきた文化が、善光寺平と呼ばれる盆地全体を覆っているという事実…。
意識するしないに関わらず、はるか昔から現在に至るまでここでは常に文化が育まれてきたということです。
その中には城下町松代で育くまれてきたような文化もあります。松代の文化もまた善光寺文化として捉えることによって善光寺文化はより一層厚みを増すと思います。

善光寺周辺をはじめ信州では、はるか昔から多様な文化が育まれてきました。
その最も大きな理由は、山と谷がひしめきあっている複雑な地理的環境にあると思いますが、それと同時に、ここが関東(江戸・鎌倉)と関西(京都)のほぼ中間に位置していること、そしてなにより善光寺信仰によって培われた哲学をベースとする文化芸術が育まれていたことは重要だと私は思っています。
その昔人々は、険しい山を幾つも越えることに自身の人生を重ね合わせつつ、善光寺のあるこの山間を訪れたのでしょう。
でもなぜこんな山間にこれほどの寺が置かれたのでしょうか。人々はなぜ苦労してまでこの山間を目指したのでしょう。この答えの中には、間違いなく日本文化にとって欠かすことのできない重要な鍵が隠されているはず。
かつて善光寺門前まちでは、日本文化として現代へと継承される文化の種が蒔かれ育まれていたのだと思います。

「文化」とは何か?という問いに答えることは極めて難しいことですが、少なくとも文化は、その地域の特徴に沿った暮らし方と密接に関係しているものであることだけは確かです。
ですから如何に優れた芸術作品があろうとも、その地域の特徴に沿った暮らしとの間に関係性が築かれなければ、それは単なる芸術であって文化にはなり得ない、しかしそれが何処で、誰に、つくられたのかわからなくとも…、それがどんなものであろうとも、地域との間に関係性が築かれることによって、それは文化となり得るのだと思います。

a0162646_2375313.jpg現代社会に生きる私たちがあえて「善光寺とは何」、「文化とは」、を考えることは、「地域とは」・「まちとは」・「暮らしとは」を考える上で非常に有効な手立てになると私は思います。
言い換えれば、「この地域」、「このまち」、「ここでの暮らし」、を考えるのであれば、「善光寺とは何か、文化とは何か」 という切り口は決して欠かすことができないと思うのです。

「日本文化」なんて言うと、あまりに壮大すぎるような気がして、自分とは関係無いと思ってしまいがち。
でも、どんな文化であれ、誰かがたった一人でつくれるようなものではありませんし、日本文化と言えども、この国での人々の暮らしとともにあるものですから、
自分も日本文化を担う一人ということなのです。
芸術家のような専門家だけが文化を築いているわけではありません。
つくる側が芸術家であるとするならば、芸術を使って暮らす人々がいることで、やがてその芸術をとりまく暮らしそのものが文化として語られるのだと思います。

ただ残念なことに今の社会では、芸術は一部の専門家だけが理解する難しいものになりがちです。
こうした社会状況の中でいくら専門家を育成しようとも…、たとえその芸術がどんなに優れていようとも、暮らしの中で使われることがなければ芸術は文化には至れない。
今のままでは発信側と受信側の距離は遠のくばかり…、
芸術文化と暮らしは繋がることができません。

私たちは縁あって善光寺の門前まちに暮らし始めました。
だから、このまちでの暮らしをもっと楽しくしたい。
そう思ってあちこちを見てみると、
このまちは面白い…、使える。…そう思ったのが始まりです。

最後まで私の妄想にお付き合いくださってどうもありがとうございました。
この話し、いつになっても終わりそうもありませんので、
ご興味ある方、続きはマゼコゼで。

小池マサヒサ記
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              えびすさんも どうかよろしく!
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by cafe_mazekoze | 2010-04-13 02:44 | 門前暮らし | Comments(1)

花屋小路の先


表参道の大門町交差点をほんの少し南側から西(善光寺に向かって左方向)に入る
小路が花小路(花屋小路ともいうらしいのですが…、詳しくは、歴史のまち長野を紡ぐ会代表の小林玲子さんの善光寺表参道日記にある記事をご覧になってみてください。)
子供の頃から何度も通っていた道だけれど、その小路の名前を知ったのは何年か前。

花小路から道路を渡り、馬小路の先、突き当たりにあるのが長門町にある「長野天神」
この天神社があったことから、江戸時代(明治初期まで?)このあたりは「天神宮町」とよばれていたそう。(・・・これもつい最近になって知りました。)

長野に戻って来てからというもの、かつて社会科小僧だった魂が蘇ってきたのか?
長野市界隈の歴史やら地理やらが妙に新鮮。

先月後半あたりから、cafeMAZEKOZEはやたら暇で、年度末やら新学期やらで、門前界隈に人がいないせいなのかな?…と思ってはいたのだけれど、今日は用事があって、善光寺の方まで行くと、
あれ?結構な人。
参道にもそれなりに人。
でも、参道から花小路に入ると人影は無く、そのままマゼコゼまですれ違う人も無し。

マゼコゼがある路地を歩く人の大半は、このあたりの住民か、この道沿いに駐車場がある人。今では、このあたりの古い家はだいぶ取り壊されて、駐車場が目立つようになってしまってはいるけれど、かつて…明治頃のこのあたりは善光寺への参拝客が必ず通るような賑わいのある通りだったという話し。
この場所に立ったまま、タイムスリップして、その時代に行ってみたい。

表参道は整備されて綺麗になっているけど、そこから一本、二本裏の路地に入ると、そこには“本物のあの頃”がそこかしこにある。
土壁の長屋、かつての商店の看板やガラスに書かれた文字、かつての食堂、食堂で使われていた饅頭の型、石でできた下水溝、黒く塗られたいた板壁、その昔使われていたゴミ収集箱・・・そして、ここで生まれ育った人。
そんなあの頃を宝探しのように探し出す喜び…それも今の善光寺門前町の楽しみ方だと思うのだけれど。
古いものはそんなに嫌い?

表参道から花小路を通って、長野天神を左に下る。
そんな道を通って、cafeマゼコゼにどうぞ。
                            小池雅久記


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            ↑表参道から花小路へ 正面の山は旭山。
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          ↑花小路…かつてこのあたりにはこんな小路がたくさんあった。
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            ↑表参道の西側、1本目の西町の通り
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            ↑2本目の通りへと抜ける、この小路は「馬小路」
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            ↑長野天神・・・長野という地名はここから
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            ↑左に下ると、右に見えるのがcafeMAZEKOZE 
           大門町・花小路入り口からMAZEKOZEまでの小旅行
                        所要時間40秒
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by cafe_mazekoze | 2010-04-09 05:43 | 門前暮らし | Comments(4)

歴史の町

善光寺門前町界隈とその周辺には、たくさんの伝説があります。
先日、「歴史の町長野を紡ぐ会」代表の小林玲子さんがマゼコゼにお出でになった際に、2冊の本をカフェマゼコゼに寄贈してくださいました。

「門前町伝説案内」、長野郷土史研究会会長の小林一郎・著
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「伝説の寺、善光寺」小林一郎、小林玲子・共著
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「門前に暮らすこと」とは、地図上の範囲として捉えられる門前町にある住居に暮らしたり利用することだけではなく、この町の背景にある歴史を知り、時間軸の上にある門前町とも繋がるという意味を持っていると思います。
「暮らすこと」と「繋がること」
この二つの言葉が結び合わさってつくられてきた町。
かつて善光寺門前町では、様々な、ひと・もの・こと が交差し、繋がりが生まれ、
そうした暮らしぶりが、日本全国に伝わり広がっていったであろう様は、まさに現代のインターネットを通じての広がり方、繋がり方に似ている気がします。

こうした門前町の暮らしぶりやその広がり方、繋がり方のような、姿や形の無い現象を捉えること。そして、それを他者に伝えること…。
それもまた美術(Art)の役割だと思います。
そんなArtの役割に興味を抱いてきた私たちは、東京の国立市でPlantercottageという場をつくり、そして昨年からは長野市でマゼコゼをつくり始めました。
異なる地域での二つの場づくりに共通する特徴は、創作途上の場を使うことによって、訪れる者の反応やそこで起こる様々なコトをフィードバックしながら場づくりを進めてゆく、ワークインプログレス【work in progress】的な手法を用いている点であるかもしれません。
とはいえ、私たちがつくり続けている場を訪れる方々がArtについての予備知識を持つ必要性は全くありません。それどころか知識は「感じる力」を鈍化させてしまう傾向さえあるので、マゼコゼにはどうか、知識などは持たずにダラ~っといらして頂きたいと思います。

江戸時代が終わり明治時代に入るまでの間、日本には『芸術』や『美術』という言葉はありませんでした。
だからと言って、日本に“それ”が無かったということではありません。
“それ”とは、“目には見えないものを見ようとすること”のようなものです。
参考:RIKI-TRIBAL Blog http://rikitribal.exblog.jp/6886730/

「目には見えないけれど、確実にあるもの」
その究極は私たちの「心」の存在、そして万物に宿る「魂」という存在なのかもしれません。信仰心とは、“目には見えないけれど確実に存在するということを信じる心”であると解釈すれば、「見えないものを見ようとする心を育てる場所」それが「寺」であると考えることもできると思います。

芸術や美術という言葉は、明治以降に入ってきた西洋の概念に対して新しくつくられた言葉です。寺子屋に代わって学校という言葉を用いるようになったのも明治以降のことのようですが、明治になる以前は、美術や芸術という言葉が無かったので、それを学ぶための学校も当然ながらありません。それどころか多くの人々にとって、絵を見ることさえ稀なことでした。
そんな時代にあって、人々が絵や彫刻…「芸術」に出会うことのできる唯一の場所、
それが「寺」だったのかもしれません。

…と考えると、
「寺」はまさしく「芸術によって心を育む学校」
そして、心について語り合ったであろう場所…それが善光寺門前町であったと言えるのかもしれません。

『今、感じていること』…“今という時代によって育くまれている心”を、後世に生きるであろう人々に伝えるにはどうすれば良いのか?
この難問に挑んだ人々がいてくれたおかげで、私たちの今は過去の今と繋がることができている…。
それが目に見える姿となって表われているのが善光寺とその門前の町並みです。
この町並みは、あえて大袈裟に言うとすれば、善光寺という総合芸術学校があったからこそ受け継がれた…、過去も今も変わることの無い「心」があるからこそ存在しているものです。
だから、「受け継がれる心」が無くなればこの町並みはあっけなく消え去るものだと思います。

マゼコゼの一画は、私たち家族(おもに私と妻の)の本棚でもあるのですが、ここにある本のタイトルを見て頂くだけでも、私たちのいい加減でマゼコゼな思考の断片?を感じて頂けるかもしれません。
そして、そこに新しい本(思考)が繋がり、加わることで、本棚全体の雰囲気もまた変わるような気がします。
もしかすると門前町のありように近いのかもしれません。

このマゼコゼな本棚に寄贈して頂いた二冊の本を加えさせて頂きました。
どうもありがとうございました。

小池マサヒサ記
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by cafe_mazekoze | 2010-04-04 00:04 | 門前暮らし | Comments(0)

演劇

今日は長野・門前暮らしのすすめ「演劇企画」の1つ、あなざ事情団が演じる「三人姉妹」を見に行った。

私はまさしく三人姉妹の末っ子。チェーホフの原作。ロシア好きの私としては見逃せない。
これは、みなくちゃねと思っていた。
演劇自体もとてもよかったのだが、こういった演劇が自宅から自転車乗ってすぐ見にいけるのは本当に嬉しいと思った。

私の1番上の姉はスコットランドのエジンバラというところに住んでいるが、私が大学卒業した年に1年間、姉のところに住まわせてもらったことがある。
エジンバラといえば演劇好きな人ならご存知の通り8月のエジンバラ演劇フェスティバルというのが有名。1年間すんでいた時は、8月の演劇フェスティバルを堪能させてもらった。
教会やお店、ギャラリー、公園、パブ、普通のおうちなど、あらゆるところで演劇やサーカスやライブなどなど
いろんなものを見ることができた。
ちょうどそのころは姉の家もメインの通りからすぐのところだったので、どの演劇を見るのも歩いていける距離だった。

そして、今我が家はそんな状態。これってすごい!と自転車こぎながら会場の旧蔵春閣に向かうときに思った。

演劇は「モスクワに行きたい!」という熱い思いがあるものの行けない3姉妹、そういえば私の1番うえのお姉ちゃんは「エジンバラに行く!」と行ってしまったな~と思い出し、わが3姉妹のことを思い出したりした。真ん中のお姉ちゃんと末っ子の私は「○○したい!」といつも言っているのに、ぐじぐじと実行できないタイプ。
なんだか似てるな~と思いながら、演劇はあっという間に時間がたって、とってもおもしろかった!

明日はワークショップが1時からあって、3人姉妹の観劇は4時から。
3人姉妹のかたには特にお勧めです。
予約、お問い合わせはナノグラフィカまで。(monzen-nagano.net)


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     ↑ 3姉妹の末っ子の私。いつもこけてます。
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by cafe_mazekoze | 2010-04-03 23:58 | 門前暮らし | Comments(0)

門前暮らし その2

先日の蔵春閣での「門前暮らし報告会」に、私は娘と東京から来てくれた娘の友達のSちゃんと一緒に出かけたのだが、やはり報告会が始まって10分ぐらいすると娘たちは退屈で限界とのことで外にでることに。
Sちゃんが「知らないことばっかりで退屈だった~。」と言うと、娘は「それはそうだよね。茉莉はここに住んでいて知っている人や家がいっぱい出てきて退屈ではなかったけど、Sちゃんの住んでる場所じゃないもんね~。」と言っているのを聞いて、娘もずいぶん大人になったと思った。

夫と娘と私が長野市の門前に引っ越してきてちょうど1年。
引っ越してきた当初は当然「門前暮らしのすすめ」プロジェクトというものも全く知らなかったし、東京の国立市から長野市に引っ越してくるにあたり、夫は実家が長野市にあるけれど、私にとっては全く未知の土地。
娘は小学校に入って、あっという間に友達もできるだろうと思っていたけど私は大丈夫かな?と不安でいっぱいだった。
しかし、自分にとってこの場所があるからなんとかなるかもと思えたのが「ナノグラフィカ」の存在。
今まで、お正月や夏休みに東京から長野に帰省した際に、毎回お茶をしに訪れていた「ナノグラフィカ」。
この場所がなかったら、そしてナノグラフィカが発行している「街並み」という本がなかったら長野市に住むことに私は賛成していなかったかもしれない。

蔵春閣での報告会は、ほとんど聞けずに終わった私だが、今回この報告会で配られた冊子「門前暮らしのすすめ」を見て、やはりナノグラフィカのメンバーおよびこのプロジェクトに関わった人々の努力や町に対する愛情は本当にすばらしいと思った。
門前に暮らし始めて約1年。まだまだ知らないことがいっぱいだが、なんだか守られている感じというか、愛情を感じる町であることは間違いないと思う。なんとなく愛おしいというか。。。
町に対してこんな風に感じることは私は初めてかもしれない。
門前に暮らし始めて2年目に突入した我が家だが、これからどんなふうに展開していくのか、この町に住む人がどんなふうに増えていくのか?この町はどうなっていくのか?

自分が生まれた三重県に約20年、そのあと東京に約20年、そしてこれから長野市にどれだけ住むのだろうか?人生残り少ない?と思うと、幸せな時間をできるだけ多く持てる場所で暮らしたいと思う今日この頃だったりするのである。

小池つねこ 記

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   ↑ 保育園で1歳~5歳まで、ずっと仲良しだったSちゃん
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   ↑ 今日のマゼコゼの外観 1年たった!
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by cafe_mazekoze | 2010-03-30 21:11 | 門前暮らし | Comments(0)

門前暮らし

28日、西之門町のナノグラフィカが中心となって進めている、「門前暮らしのすすめ」、その報告会が開催された。
昨日今日と、ネットを探ってみると、報告会に参加されたのであろう方々のblogに多数、この報告会についての感想などを見ることができる。
このプロジェクトは4月以降も継続されるとのこと、
関係者の皆様、まずはお疲れ様でした。

このような石の投げ方によってできる波紋が様々に連鎖してゆくであろう姿…。
わたしからすれば、ナノグラフィカのこうした投げ方はかなりベタな『Art型』だよなぁ、と思うと同時に、これをキャッチさせるってのは結構大変なんだよなぁ…とも思ったりもする。
もしも自分が「門前で暮らすこと」というテーマに向かって石を投げるとすれば、やはりArt型投法だろうなぁ…と思うと同時に、ここが善光寺を中心に成り立ってきた町であることを考えると、むやみやたらと、ここに人がたくさん暮らし、人口さえ増えればそれで良いということではないだろうし、でもだからと言って、門前に暮らすための条件があれば良し…ということでもない。
このあたりの感覚を伝えながら、それでも門前に暮らしてみませんか?…と言うことは難しいよなぁ…とつくづく思いながらの報告会だった。

報告会でも言われていたが、そもそも「門前」…という定義、範囲そのものが曖昧。
私としては、定義なんてものは必要もなくそれぞれが勝手に解釈すれば良いこと…、というのが本音。
いわゆる歴史として語られる「善光寺町」に門前町色が濃いことは確かだけれど、今後このプロジェクトが進んでゆくにあたって、「不動産的価値観感だけが暴走してほしくない」と私は思う。
家や土地の不動産としての価値が上がることは、ある程度は必要かもしれないが、現実的な物量(家だったり土地だったり)には限りがある、けれど精神的な容量に限りは無いということを大切に考えてみたいということでもある。(私個人としては、門前暮らし…の門前はもっと広範囲のイメージがあるのだけれど…)

とはいえ、現実的には、「門前に暮らしたい…」と思ってくれる人がいたとしても、善光寺から徒歩10分圏内に即入居できるような空き家は少ないし、これを早い者勝ちで奪い合うなんてことにでもなったら本末転倒だと思うけれど、こんなプロジェクトが進行しているということすら知らなかった私たちは、ちゃっかり先に暮らしているわけで、だからこそ、「門前に暮らすこと」を通じて、感じたこと、思うことはきちんと発信してゆきたいと思う。

善光寺が町をつくってきたわけでは無い。けれど、善光寺をなくしては、「門前町」はもちろん、長野というまちそのものがありえない。
「善光寺とその周辺に暮らす人」、「暮らすことでつくられる町」、「暮らしているからこそ行われること」、が常に関係しあうことによって互いがあり続けてきた歴史…時間。
善光寺がその門前に広がるまちと一体であったからこそ、善光寺と善光寺町は全国に知れ渡ったのは間違いないだろうし、日本各地の人々が、はるばる、山を幾つも越えてまで訪れた最も大きな理由は、この一体感を自分自身の「実感」として「感じたい」ためだったのではないだろうかと思う。
別の言い方をすれば、かつて、善光寺とその周辺(門前町だけで無く、その周囲の山村も含めて)のあり方は
「人が暮らす町」のモデルとしてあり得た。
あるいは、人々が理想とする暮らしを「この町をとおして想像していた」のではないかと思う。

暮らし方を想像できる町…
それは=「人が感じることのできる町」のことだと思う。
「ここに暮らしてください」と説得するのではなく、「ここの暮らしを感じてほしい」という伝え方、
そして、感じることによってつながる、つながり方。

住むために必要な情報が誰かによって用意され、そうした情報がわかりやすく提供されること。
暮らす場所を選ぶためにはそうした情報だったり告知も必要なのかもしれない。
けれど、そうした情報だけでは伝えきれない「何か」が門前町にはずっとあり続けてきた。
その何かを感じてもらうこと。
その何かを感じながら暮らしてきた人々が、次にここで暮らそうている者に伝えなければならないこと。
それが、ナノグラフィカがリードする、「門前暮らしのすすめ」なのだと私は思う。
だからこそ、Artを投げればそれで良いのだと。

                          <小池マサヒサ記>

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by cafe_mazekoze | 2010-03-30 11:24 | 門前暮らし | Comments(0)

灯明まつり

今、善光寺では灯明まつりが行なわれていて、善光寺のライトアップや門前界隈のお店や宿坊でいろんなイベントがおこなわれていたりする。通りも灯篭が飾られていてとってもいい感じ。14日まで続くこの灯明まつり。
夜6時ぐらいからいろんなイベントがあるので、このところ夜な夜な出かけることが多い我が家。
善光寺のメイン通りから一本入った西之門界隈では、このところいろんなイベントがあって、その中でも毎晩7時から行われるライブは、とってもいい感じ。初日の秋元紗智子さんの歌声には娘もかなり感動したようで、それから毎晩一緒にライブに出かける。
今日は夕方から雪がふってきたが、やはりライブに行こうということになり、ライブを見た後、こまつやさんでパスタをいただく。
美味しかった~。
娘を連れてライブが見れて外で食事もできてというのはいいな~。
なかなかそんなことできなかったりするので、とても新鮮な気分。

自分はいいところに住んでいるんだな~と、よく思うようになった今日この頃だが、14日までに宿坊で紙芝居もあるし、ライブもまだ続くしと見たいものはまだまだ続く。
娘も「明日起きれるかな~」と言いながら、今日も眠りについた。

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by cafe_mazekoze | 2010-02-11 22:51 | 門前暮らし | Comments(2)