そして美術家は今日も面倒くさい奴だと思われる。

天邪鬼(あまのじゃく)とは、「古事記」や「日本書紀」に登場する、「天探女」(アメノサグメ)という女神の名前が、日本に仏教が伝った後、人間の煩悩を表す象徴として語られる、四天王や執金剛神に踏みつけられている悪鬼や日本古来の天邪鬼とイメージが集合し転訛したものだそうだ。
本来、天探女は天の動きや未来、人の心などを探ることができる巫女を神格化した存在だそうだが、古事記が書かれた時代というと…政治と祭祀が一体であった時代…時に神託を捻じ曲げることもあったであろう巫女の存在は神への反逆であり、災いとなると受け止められ、その存在は神とはいえ微妙な存在であったことは容易に想像できる。
そんな古事記の説話が後に、人の心を読み取って反対に悪戯をしかける小鬼…天邪鬼へと変化していったと言われている。

人の心の内を探る力を持つがゆえ、こうすればああしてみたり…ああすればこうしてみたり…と、わざと他人の言行に逆らったり、行いをあざけ笑っては困らせる…というひねくれもの。いつも一緒にいるのは嫌だけど、でも身の回りに一人ぐらいはいそうな面倒くさい奴。
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                   十返舎一九 の「天邪鬼」


「美術家」とは、「天邪鬼」のようなものなようなものかもしれないと思う。
世の中の足元に踏んずけられながらも、自分の思ったことを言いつづける小鬼…。その存在や行動が世の中の体制に大きく影響することは無いけれど、「ああ、またあの面倒くさい奴が何か言ってるぞ」…って感じ。
行いや考えを嘲笑われれば誰だって腹も立つ…でも、そういうことがあるからこそ本当に自分で考えているかどうかを確認できたりする…ってこともあるはずだ。
小鬼だろうと邪鬼だろうと何だろうと、天邪鬼のような存在に嘲笑われるようなことがなかったら、人間なんてすぐに自惚れるし、自分で考えたりしなくなる。きっと自分で決めることなんてことはしなくなってしまうような気がする。

過去から現在まで語り継がれる数多の神々。
そんな神々の歴史を遡り、天邪鬼に転訛したと言われている「天探女」のことをあれこれと想像しているうちに、「悪神」と呼ばれ、語り継がれているその存在がなぜ悪神とされてしまっているのかについて強く興味惹かれるようになった自分…。
そこにはどうも私の美術への興味へとつうじる何かがあるような気がしてならない。

まぁ…だからと言って美術家が根拠も無く人をあざけ笑ってばかりいる…ということでは無いけれど、美術とは本来、何かに対しての答えを出す為にあるわけでは無い…と私は思っているし、作品を買って頂いたり、仕事をさせて頂けることはもちろん嬉しいしありがたいことだとは思っているものの、「その作品にはもう大した価値は無いと思うよ…」な~んて思ってしまう天邪鬼な自分。
作品が無駄なものであるとは思わない。けれどそれは、「自分で考え自分で判断する」という心の内に沸き起こる気持ちを掻き立てる為の何か…、作品はあくまでも「気付きのきっかけ」…入口でしかないとずっと思ってきたし今もその気持ちに変わりはない。
作品の価値とは作品に対峙したその本人とその作品との一対一の関係性の中で育まれるものである以上、そこには本来、他者からの評価や社会的評価は一切必要無いはずだ。
美術の専門家からの評価はもちろん学校での教育も、外部の評価は全て「自ら(鑑賞者の)の内に沸き起こる気付き」のチャンスを奪うものでしかないと思う。

…だから、勝手に感じて勝手に思えばいい。
感じないものには感じない。
ただそれだけのこと、恥じることでも何でもない。
そこからは気付きに至らなかった、ただそれだけのこと。
気付きの入り口は他にだっていくらでもある。
この世にはまだまだ無数の美が散らばっている。

美術家は、自らが自らに課したテーマに対して、ああでもないこうでもない…と考え続けるわけだし、その結果や過程が時に作品となると思えば、作品らしき何かしら(ものや行為)には美術家が導き出した“答えらしきもの”が潜んではいるとは思う…。
けれど、美術家の天邪鬼たる資質は、だからと言って、作品は必ずしも答えであるとは限らなかったり、たとえそこに答えとおぼしきものがあったとしても作家の本心かどうかも解らない…というひねくれさ加減にある。

この世に漂い、見え隠れする正解や答えらしきものの多くは、人の想像性を奪い去るものでしかないと私は思う。
そうした正解や答えらしきものの多くは、私たち人間が“自らが経験し考える”という人間にとっての最も大きな可能性を、“苦労や面倒なこと”へと巧妙にすり替え、その面倒さや苦労さから逃れようとする者を誘い込み、逃がさぬよう周到に計画された道筋を用意する…。
正解や答えはその道筋の最も奥深くに置かれ甘い芳香を漂わせている。

でも既に、私たちは苦労や面倒さを遠ざけながら正解や答えらしきものを求める歩みを止める術を忘れてしまっているのかもしれない。
あらかじめ用意された答えを求めて歩みつづけるしかない…。
その答えに到達することが生きる目的であると信じて疑うこともない…。

もしも美術にそんないまここを生きる私たちにとっての共通の価値を見い出せるとしたら…そんな可能性がもしもあるとしたら、それは天邪鬼になることぐらいしか無いんじゃないかと思ったりするのだけれど…。
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                  暑中お見舞いもうしあげます。


美術家は「天秤の重り」のようなものだとも思う。
一本の棒の両端にバケツやカゴみたいなものがぶら下げてモノを運ぶアレ。
私たちは全てこの天秤を担いで「いまここ」を生きる宿命を背負っている。
天秤の一方に重さがかかりすぎている時にはもう一方に重さを加えなければ歩くことすらままならない。美術家はそんな天秤の重りのようなものだ。

世の中の流行とは多数派がある一点に集中することによって引き起こされる。
この状態を天秤に例えれば、流行とは多数派が天秤の片側に集中した状態…私たちが天秤を担いでこの世を歩まなければならないとすれば、この状態ではバランスが保たれていないのでとても歩きづらい…というよりそもそも天秤を持ち上げることさえできやしない。

流行が悪いわけじゃない。
あくまでもこの世の状態はどうなのだろうか…バランスは取れているのか…ということだ。
天秤を背負った私たちが前に進むためには、天秤のバランスは重要。
バランスが取れていなければ、バランスを取るために何らかの「重さ」が必要だ。
もしも美術家の必要性はと聞かれたとした、そんなことぐらいしかないんじゃないかって答えると思う。

とかく芸術家は、少数派…マイノリティーであることに満足しているとか、それを望んでいるとか、常に反体制の側に付きたがる…というイメージを持たれがち…。
事実としてそのような傾向が強いとは言え、だからと言って芸術家が皆同じことを考えているはずも無い。
他の美術家がどう思っているのかわからないけれど、少なくとも私にとって最優先は、マイノリティーさであるとか、反体制の側に立って行動することでは無く、この世を生きる私たちが担ぐ天秤の均衡を保つことにある。

なぜなら、そうしなければ見えないものがあるから。
それが見たいからこそ私はこの世の生き方として美術家という生き方を選んでしまったのかもしれない…。
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美の本質とは何よりも生命の本質と大きく関係していて、美術からここを切り離すことは決してできないと私は思っているけれど、美の本質と生命の本質が如何に融合し混ざりあい、そしていったいそれはこの世の何をつくり出しているのかを見てみたいとずっと思い続けている。
でも、それを見たからと言ってどうなるのかはわからない。
自分だけならまだしも、家族や友人まで捲き込んで…。
いつか何かの役に立ったらいいなぁとは思うけれど、今は残念ながらそれもわからない。
ごめん、みんな。
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目には見えない…けれど常に変化し続けるこの世とは、生命の本質がこの世のあらゆるものと繋がりあうことによって現れる巨大な生命体そのものだ。
私たちは、この生命体のことを『自然』と呼んでいる。

山・川・巨石・巨木・動物・植物などといった自然物や、火・雨・風・雷などといった自然現象は人々に数々の恩恵をもたらすいっぽう、地震や台風、火山の噴火、土砂崩れや河川が氾濫などの風水害など、時に、人の暮らしに対して甚大な危害を及ぼす。
そうした自然の大いなる力を感じながら…接しながらの日々の暮らしの中に、「人間の力をはるかに超える何か」を感じるのは当然だ。

何かを感じるけれどその何かはけっして見ることができない。
不可視の…人間の想像をはるかに超越した力がこの世の中には存在しているという感覚を常に抱き続けながら私たちはこの世界を生き続けてきた。
「この世」とは、「見えるもの」と「見えないもの」その双方が互いに関係しあうことによって形づくられていて、人が見ることのできない側には、人間の想像をはるかに超越した力を持つ「何か」があるということがこの世を生きる者の常識であった時代はさほど遠い昔のことでは無かったはずだ。
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「自然」とはその「何か」の表れであると想像しつつ、自然に内在する力を認めざるを得なかった時代…その時代に生きた人々が自然災害を人間の想像をはるかに超越した力を持った「何か」の怒り…祟り(タタリ)と考えるのは極めて自然な現象で、その「何か」の怒りを鎮め、恵みを与えてくれるよう願うと同時にこの「何か」を心の内に常に抱き続けることで、「目には見えないものを想像する力」を持とうとしていたのだと私は思う。
そういった人々が「何か」に対して畏敬の念を抱き、やがてそれを崇敬するようになってゆく過程の中に、「美の本質」と「生命の本質」が混ざりあい繋がりあうことによって創造されるもの…この世に必要不可欠な何かがなんとなく見えてくるような気がしている。

自然と一体となった暮らし…自然の中に生命を感じること…自らの内に起こる気付き…想像すること、そして創造される「何か」
太古に生きた人々全てが、自然の中に「何か」を感じ、想像し、創造できていたかどうかはわからないけれど、少なくとも自然が自分たちの生命と大きく関係していること、そして自然を自分たちから切り離すことは決してできない…ということについては、現代に生きる私たちよりはるかに多くの人々が実感できていたであろうことを疑う余地は無い。
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自然と呼ばれる生命体と私たち一人ひとりの生命との間にある関係性。
私たちはこの関係性を理解しようと努力してみてはいるものの、「人間の力をはるかに超える何か」を自然の中からに感じ取ったり、自然に内在する大いなる力を感じつつ、その力に対して畏敬、畏怖の念を抱くことが困難な時代に生きている。
それは一体どうしてなのだろう…。
もしも私たちが生きる“いまここ”が、自然の中に「何か」を感じ想像しながら生きた太古の時代から進歩したとするのなら、その進歩とはいったい何であるというのだろう…。

面倒さや苦労さから逃れようとする者たちを誘い込み逃がさぬよう、そしてあらかじめ用意された答えらしきものにたどり着けるよう周到に計画された道筋。
この道筋は常に“便利さ”というファシズムに覆われている。
この道筋の最奥に用意されている答えらしきものには、私たちが自然から何かを感じるために必要な感性を麻酔させようとするものが潜んでいることを決して忘れてはならないと私は思う。


天探女はそんなこの世の進歩を何と読み、いったい私に何と伝えてくれるのだろう。


小池マサヒサ 記



『古事記』の葦原中国(アシハラノナカツクニ)平定の記述
天照大御神が高御産巣日神(タカムスビノカミ)と語らい、天菩比神(アメノホヒノカミ)を派遣したが役目を果たさなかったので次いで天若日子(アメノワカヒコ)を派遣した。しかし天若日子は、は大国主の娘、下照姫命(シタテルヒメ)と結婚し、葦原中国(アシハラノナカツクニ)を得ようと企んで8年の間復命しなかった。そこで思金神(オモヒカネ)は鳴女(なきめ)という雉を送り、天若日子の真意を糺す事を天照大御神に進言した。雉は天若日子の家の門の楓に止まり、「おまえは葦原中国に派遣され、荒ぶる神々を帰服しろと命ぜられたが、なぜ、いまだに復命しない。」と天照大御神の言葉を伝えた。天探女はこれを聞いて、天若日子に「この鳥の鳴き声は不吉だ」と伝えた。そこで天若日子は弓矢で鳴女を射殺したが、その矢は鳴女の胸を貫き天照大御神と高木神(タカギノカミ/タカムスビノカミの別名)のもとに届いた。これを拾った高木神は、「悪神が射た矢なら天若日子には当たらぬが、天若日子に悪い心があるなら当たる」と言挙げし、矢を投げ返すと、その矢は天若日子命の胸を貫いた。 
【Wikipedia 天探女 を参考】
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by cafe_mazekoze | 2011-08-12 23:01 | RIKI-TRIBAL | Comments(0)
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